2018年度 先生のための金融教育セミナー
【高等学校向け】
3.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)
高等学校分科会3
- 進行・コメント:
- 上越教育大学大学院 小高 さほみ 教授
実践発表およびワークショップ(1)
「きっぱりはっきり断ろう~成年年齢引き下げに備えて~(2年 家庭基礎)
日本弁護士連合会 中村 新造 弁護士/
千葉県立流山おおたかの森高等学校 仲田 郁子 教諭
発表・中村新造弁護士
18歳成年制にまつわる「5つの疑問」についてお話します。「民法の成年年齢とは?」、「引き下げる必要はあるの?」、「引き下げたときの問題点は?」、「消費者被害の拡大を防ぐ施策は?」、「2009年の法制審議会の『最終報告書』は?」の5つです。まず、民法の成年年齢には二つの意味があります。一つは、未成年者取消権が使えるかどうか。もう一つは、親権の対象になるかどうかです。つまり成年年齢が引き下げられると、18歳の若者は親の同意がなくても高額の商品が購入できる反面、未成年者であることを理由に契約の取消ができなくなります。また、親から居所を指定されたり、懲戒されたり、仕事をするために許可をもらったり、財産を管理されたりすることがなくなります。
次に、成年年齢を引き下げる必要はあるのかという点です。少子高齢化が進む中で、「若者の大人としての自覚を高めよう」という話があり、一言でいえば、大人として十分に成熟している人にその資格を与えるのではなく、成熟していない人をそのままの状態で、とりあえず大人として扱ってみることによって成熟させていこうという不確かなロジックです。18歳成人の外国が多いから日本も同調するという意見もありますが、諸外国の多くでは成年年齢の引き下げとともに、若者の自立を援助する施策を導入しており、引き下げようという声が若者の方から挙がってきたと言われています。一方、日本では、内閣府が行った2008年、2013年の世論調査では、「反対」「どちらかといえば反対」の数の方が多く、国民の意思は、成年年齢引き下げに消極的と言えます。
成年年齢を引き下げたあとは、若者の消費者被害の増加が心配です。特にマルチ取引、ローンやサラ金の契約に関するトラブルなどがいじめの問題と結びついた場合、学校の先生がこれを見つけるのは容易ではないと思います。また、18歳で大人になるということは、就職や進学で一人暮らしを始めるときに、高額の支払を伴う契約を単独で行うことができるということです。成年に達する前の小学校・中学校・高等学校における体制作りが重要です。たとえば、教師は生徒に、もし悪徳商法で騙されたらどこに届けを出して、どこに助けを求めるのかということや、極端にいえば、裁判の弁護士の費用はいくらなのかというところまで、教えていかなければいけないのではないかと思います。
実践発表・仲田郁子教諭
18歳成年制の興味深いお話と関連させて、最近の家庭科からの授業ということでお話させていただきます。テーマは「生活設計の中の金融教育」です。
1時間目は、「人生すごろく」を作ります。人生で遭遇するであろうリスク、リスクへの備えや対策を3つ以上ストーリーに入れるのが条件です。高校卒業がスタートで、80歳までの一生を考えます。「人生すごろく」を作ったあとは、リスクと生活資源を書き出します。その際、習っているはずの社会保障制度について生徒に質問を投げかけても、ほとんど返ってきませんでした。そこで自助・共助・公助の考え方を紹介して、世の中には助けてくれる制度があることを伝えました。続いて、生活するにはどのくらいお金がかかるか、「家計管理シミュレーション」を行って生活の実感を掴ませました。そして、奨学金・教育ローンを取り上げ、借金をして進学することについてディベートを行いました。「契約」について学ばせる際には、「買い物で契約が成立するのはいつか」、「商品を買ったが、使う前に不要になった。解約できるか」、「17歳の高校生が契約した高額商品は取り消せるか」など5つのクイズを取り上げました。これは、消費者庁制作の教材「社会への扉」をアレンジしています。
家庭科でお金について学習するときには、二つの要素があると思います。一つは、「買い物で気をつけるべきことは何かを考える」。これが、狭い意味での消費者教育と言われていることだと思います。二つ目は、「生涯を見通して経済計画を立てる」。授業では、持続可能な消費生活というテーマの下、フェアトレードやエシカル消費を題材にして「買い物は社会と繋がっている」という学習を心がけています。消費者教育について考えるときに、「騙されないようにしよう」ということだけではなく、買い物をすることは「生活そのもの、生きることそのものだ」という視点を養えるように、家庭科は頑張るべきだと思っています。
ワークショップ
グループに分かれ、「きっぱりはっきり断ろう〜成年年齢引き下げに備えて〜」をテーマに、「これまでに必要なかったのに買ってしまったもの」について、欲しくなったきっかけや理由を書き出し、グループで発表していただきました。参加者からは、「安売りバーゲンや期間限定という言葉」、「店員さんのアピールや接客・話術」、「もしかしたら使うかもしれないという気持ち」、「お得なポイントカード」、「ブームに乗せられて」、「旅行先で気が緩んだ」など、具体的な理由が数多くあがりました。参加者の発言に対して、その都度、仲田先生から「きっぱり断るには?」などの問いかけがあり、ワークショップは最後まで質疑応答で盛り上がりました。
コメント
小高さほみ先生より、次のようなコメントがありました。
中村先生は、18歳に成年年齢が引き下げられることについて、民法から消費者教育まで様々な視点からご発表くださいました。法教育と金融教育の関連については、金融広報中央委員会発行の『金融教育プログラム』で「当該の法の内容を理解しそれを現実の場で行使できる能力を養うことに重点を置いて取り扱っている。」と述べられています。先生は、まさに成年年齢引き下げに備えて、法の内容を理解し、現実の場で行使できる力を育む教育の必要性について丁寧に教えてくださいました。また、「学校で金融教育を習った記憶があまりなく、生活の中で学んだことが大きい」とのご自身の経験から、家庭でスマホや家族旅行を使って、金融教育ができるのではというご提案がありました。学校と家庭と地域が連携しながら、金融教育を各教科や各活動で進めていくということは、非常に重要だと思います。
仲田先生のご発表では、「生活設計」がいろいろな分野と関わり、その中心には「生きる力の育成」があること、ただ単に生活設計をして家計を管理するということではなく、持続可能な社会の構築、生徒ひとりひとりの消費行動が社会と繋がることにまで広がることを具体的にご発表くださいました。改めて、生活設計の中の金融教育は、家庭科の学習において非常に重要であることを強調してくださいました。
実践発表およびワークショップ(2)
「収入に見合った家計管理ができるようになろう」(2年 家庭)
山梨県立上野原高等学校 大神田 寛子 教諭
実践発表
金融教育については、山梨県の金融広報委員会から平成28〜29年の2年間、研究校の委嘱を受けて取り組みました。昨年10月に公開授業を行いました。今日のワークショップではその内容を中心に、みなさんに体験していただきたいと思います。
本校の金融教育の取り組みは、各教科で実践しました。英語科では「海外旅行のための資金計画」、数学科では「金融のことを知って数学でリスク回避」です。授業の実施前後で、生徒に金融に関する意識調査のアンケートを行い、授業の前と後でどう変化したかを調べて、指導の考察に活用しました。アンケート内容は、金融広報中央委員会の『金融教育プログラム』にある「金融教育の目標」を参考にしています。
私が家庭科の授業で昨年度に取り組んだ実践の一部を紹介します。本校では2年時にライフデザインという学校設定科目を開設しています。家庭基礎の授業だけでは学びきれないところを、さらに体系的に学んで、学びを深めていくということが目標です。今回はいわゆる「お金」を直接扱うような単元として「住生活と消費生活と環境」の中から実践事例を紹介したいと思います。一つ目の題材は住生活の分野で「一人暮らしのアパート探し」です。金融広報中央委員会発行の『これであなたもひとり立ち』をアレンジしています。物件情報の見方、敷金とは何かといったことを勉強し、契約にかかる費用を計算させるなどして、近い将来に親元から離れる自覚や責任にも気づいてもらいたいと思っています。続けて消費生活の分野で、「自転車旅行を計画しているけれど、今持っている自転車は修理が必要。本当は10段変速の自転車が欲しいが、所持金では足りない。あなたならどうしますか?」という課題を与え、適切な意思決定ができるかどうかを考えました。
そのあとは、『これであなたもひとり立ち』をアレンジした教材で、クレジットカード、多重債務について、視聴覚教材を活用して学習しました。最後は公開授業で実践した、「収入に見合った家計管理ができるようになろう」で、目標は、「収入に見合った支出配分を考えることができる」、「将来の自分の家計管理について考えられる」です。給与明細の見方から始めて、「一人暮らしのアパート探し」の家計管理に繋げました。
まとめとしては、授業前のアンケートでは低かった「クレジットカード、多重債務」の理解度が高まりました。また、平均的な収入や生活費などの金銭感覚と健全なお金の使い方についての意識も高まりました。今後の課題としては、「長期的な将来設計に関する題材の工夫をする」、「リスクと資金管理、ローンや金利に関する学習を取り入れる」の2点を考えています。
ワークショップ
参加者がグループに分かれ、「一人暮らしのアパート探し」、「一人暮らしの家計管理」について考え、発表していただきました。大学を卒業したばかりの若者を想定して、まずアパート探しを3つの異なる条件の物件A〜Cから選びました。次に、「一人暮らしの家計管理」として1ヶ月の給与収入に見合った生活ができるように支出の配分を考えます。参加者からは「手取りが16万円なので、どの条件も厳しかった」「保健医療費を0円にすることでやっと貯金ができる」「若者が女性なら、洋服代や美容院代もかかるので、工夫するポイントが違ってくる」などの感想がありました。大神田先生からは、「やってみて『現実は甘くなかった』というところでしょうか。生徒からも『社会人はこんなにギリギリの生活なの』と言われました。ボーナスなどの細かい要素も取り入れれば、生徒ももっと柔軟に考えられるかなと思いました」とコメントがありました。
コメント
小高さほみ先生より、次のようなコメントがありました。
大神田先生の実践発表およびワークショップでは、金融広報中央委員会の『これであなたもひとり立ち』から「一人暮らしのアパート探し」を題材に取り上げておられました。私もかつて同様の授業をしたことがありますが、スマホがない時代で、全国各地域の部屋探しの雑誌を教材化しましたので、隔世の感があり、興味深い授業でした。大神田先生の実践とワークショップを通して、アクティブラーニングを体験し、今後どのように授業を作っていこうかなど、いろいろなことを考えられたことと思います。
第4次産業革命とも言われているこれからの社会に巣立つ子どもたちに、何をどう学ばせるかが問われています。新学習指導要領を「学びの地図」として、今日ご参加の先生方のご担当の、家庭、国語、社会などの教科で、金融教育をどのように進めていくのかは、今日のワークショップのように、さまざまな実践を持ち寄りながら、具体的に検討し、改善しながら作っていくということだと思います。特に今日の前半の「成年年齢の引き下げ」のようなテーマは、子どもたちと一緒に考えながら進めていく、これからの世の中を作っていくということだと思います。そういう意味で、金融教育を足掛りにして、授業づくりを多角的に広げていっていただきたいと思います。