著名人・有識者が語る ~インタビュー~
ニュースをとり上げるときは、まず自分が何にひっかかるかを分析し、自分発の素朴な疑問を大切にしています。
テレビ東京報道局キャスター 大江麻理子
『WBS(ワールドビジネスサテライト)』(テレビ東京)で、メインキャスターを務める大江麻理子さん。
バラエティ番組やニューヨーク支局での活躍を経て、人気・実力ともにトップクラスのキャスターです。
報道をめざしたきっかけ、日ごろ心がけていることなど、大江さんの原点や報道に対する姿勢について語っていただきました。
大江麻理子
(おおえ・まりこ)
1978年福岡県生まれ。フェリス女学院大学入学を機に上京。大学卒業後、2001年にテレビ東京に入社。報道・情報・バラエティなど幅広い番組を担当したのち、13年ニューヨーク支局に赴任。毎日マーケット情報を現地から中継で伝えた。14年に帰国し、同年春からWBSのメインキャスターを務める。現在はテレビ東京報道局所属。
大学進学を機にさまざまな出会いを経験
明瞭でわかりやすい語り口で日々のニュースを伝えてくれる大江麻理子さんは、老若男女幅広い視聴者から支持されている人気キャスターです。
出身は福岡県で、幼いころはのどかな環境でのびのび育ったといいます。
大学進学を機に上京しましたが、その背中を押してくれたのはお母さまでした。
「実家から出て、京都の大学に進学した経験を持つ母が『私は、地元を離れたときに視野を広げられたので、あなたも一度は家を出たほうがいい』と言ってくれて。
なるほどと思えたので、私も東京中心に大学を受験して、フェリス女学院大学に入学しました」。
ただ、合格はうれしかったものの、それまで共学だったため、女子大に馴染めるのかという不安があったそう。
また、実は第1志望校がほかにあったため、大江さんは少しモヤモヤした気持ちを抱えたまま入学式を迎えてしまいました。
そんな気持ちを一変させてくれたのは、式の中で流れた『心を高く上げよ!』という讃美歌でした。
「『きりのようなうれいも、やみのような恐れも、みなうしろに投げすて、こころを高くあげよう』という歌詞を聞き、ハッとしたんです。
ああ、そうか、心を高く上げていれば、どんな環境も自分次第で変えられるんだ。余計なことは考えず、まずここで頑張ろう。
そう思ったら、目の前の霧が晴れたような気持ちになりました。
実際に通ってみると、フェリスは学生一人ひとりにあったカリキュラムを作り、きめ細やかな教育を授けてくれる大学でした。
私は1年生の途中でもっと中国語を本格的に学びたいと相談したところ、すぐにスタンダード・コースからインテンシブ・コースに替えてもらえました。
自分から働きかけると、きちんと動いてくれる。そんな体験ができて、フェリス女学院を選んで大正解だと実感できました」。
中国研修のとき遭遇した事件がキャスターをめざすきっかけに
大学時代、大江さんの興味の中心にあったのは中国でした。
小学生のとき『水滸伝』にはまり、こんなに面白い物語が生まれた国をもっと知りたい、と思ったといいます。
必死で中国語を学び、1998年には中国の清華大学で夏期研修に参加し、経済成長の真っただ中にある中国のエネルギーを目の当たりにするなど、充実した時間を過ごしました。
この研修のさなか、ある事件が勃発します。
北朝鮮が日本の方向に弾道ミサイルを発射したのです。
三陸沖まで飛んで、日本中大騒ぎになりました。
「北京で一報を聞いたときは、本当に驚きました。
ミサイルが落ちて日本が火の海になっているのではないかと、心配でたまりませんでした。
ところが、北京のテレビでは、そのニュースはまったく報道されないんです。
しばらくして帰国すると、日本ではまだこの話題でもちきりでした。
そのとき、同じ事象でも、国によって報道のされ方がこんなにも異なるのだと知りました。
でも、考えてみれば、日本国内でも新聞によって、番組によって、報じられ方には違いがあります。
では、ニュースというのは誰がバリューを判断し、作っているのだろう。
いわゆる “ニュースの裏側” はどうなっているのだろうという興味が湧き、自分もその場に立ってみたいと思うようになったんです。
思えば、それが報道をめざすきっかけになりました」。
挫折を経験した就活ののち、テレビ東京で念願のアナウンサーに
ニュースの裏側を見たい、知りたいという思いを胸に、大江さんは就職活動をスタートさせました。
しかし、時代は未曾有の就職氷河期。なかなか思うような結果は得られません。
いいところまで進みながらも不合格通知を何通も受け取り、精神的にボロボロになりながら、「私にはいったい何が足りないんだろう」ととことん考えました。
すると、「足りないものだらけじゃないか!」と気づいたといいます。
「結局、何も持っていないのに、なんでも持っているようなフリをして就職活動を行っていたんです。
全然、等身大じゃないし、そんな自分を見てもらっても意味がない。
そう思ったころ、ちょうどテレビ東京の面接がありました。
それまでは当時アナウンス職志望の学生がよく着ていたパステルカラーのスーツで面接に臨んでいたのですが、テレ東にはタートルネックにチノパン、白ジャケットというふだんの私のスタイルで出かけました。
準備したのは、お見せできる最低限の自分。すると、不思議と肩の力がぬけ、普通に会話ができて、とんとん拍子に進んでいき、やっと合格通知をいただけました」。
テレビ東京のアナウンス部に配属されると、入社1年目からさまざまな番組に携わり、鍛えられていきました。
呼ばれればどんな現場にも行き、結果を残すことで次の仕事につなげていく。
そんな日々を過ごすなか、大江さんのもとには大きな仕事が次々と舞い込んできました。
2003年にはテレビ東京を代表するバラエティ番組『出没!アド街ック天国(アド街)』の2代目秘書、2007年には『モヤモヤさまぁ~ず2(モヤさま)』の初代アシスタントに就任。
大先輩に揉まれ、大江さんはさまざまなスキルを身に付けていきます。
たとえば『アド街』では、相手の個性に合わせて的確に話を聞きだす力が、『モヤさま』では、何があっても臨機応変に対応する力が、それぞれ養われました。
そして、番組の人気ともあいまって、見事に場を仕切る大江さんへの注目度も増し、人気アナウンサーの仲間入りを果たしていきました。
「『アド街』に呼ばれたときは、番組は8年目に突入し、形は完成しているし、レギュラーの方は猛者だらけ。
しかも毎回さまざまなゲストの方もいらっしゃる。
そんな現場を回すなんて、とんでもないプレッシャーで、自分にできるのかと、とても不安でした。
でも、司会の愛川欽也さん(キンキン)が『何でも思ったことを言いなさい。あとは俺がどうにでもしてあげるから』と言ってくださって。
その言葉に救われて、前に踏み出すことができました。
涙が出るくらいうれしかったです。
今は自分がキンキンの立場に近くなっているので、若いフィールドキャスターには『なんでも言ってごらん。私がどうにかするから』と伝えています。
そんなことが言えるようになったのも、キンキンのおかげです」
と、最後は少し涙ぐみながら、当時の思い出を話してくれました。
自ら志願しニューヨーク支局に赴任 1年後、WBSメインキャスターに
バラエティ番組で活躍する一方で、大江さんはWBSのフィールドキャスターを務めるほか、ポッドキャストでの『日経ヴェリタス 大江麻理子のモヤモヤとーく』といった経済・金融に関する番組にも出演していました。
振り幅の大きな体験を毎日のように重ね、あっという間に数年が経過し、「そろそろ、最初に志していた報道の道を極めたい」という思いが募っていたころ、ニューヨーク支局への赴任が決定。2013年のことでした。
「テレ東といえば経済報道が主なので、金融の中心であるニューヨークで世界の経済の動きをしっかり習得したいという思いから、ずっと会社に異動の希望を伝えていました。
ちょうど、FRB(連邦準備制度理事会)の議長がバーナンキさんからイエレンさんに替わり、また、ニューヨーク市長がブルームバーグさんからデブラシオさんに替わった、変化のときでした。
知らないこともたくさんあったので、とにかく働きました。
朝6時に起床したらすぐ出社して、WBSのための作業をして、終わるとモーニングサテライトの準備に入る毎日。
出張にもたくさん行きました。
連銀の総裁にもインタビューしましたし、バーナンキ議長の議会証言のときは議会に入り、メディアは床に体育座りをして話を聞くというアメリカならではの体験もしました」。
まさに馬車馬のごとく働き、さまざまなことを吸収し、瞬く間に過ぎた1年。
通常、ニューヨーク駐在は3年のため、あと2年も頑張るぞ、と燃えていた大江さん。
ところがその年、テレビ東京は開局50周年を迎え、さまざまな変革が行われるなか、WBSのメインキャスターの交代が決定。
このとき、後任候補として大江さんが浮上し、あれよあれよという間にキャスター就任が決まったのです。
「正直、もう少しニューヨークにはいたかったのですが(笑)、呼んでいただいた以上は、『頑張ります』と言うだけでした。
もちろん1人でできることではありませんが、入社以来、常に経済番組に関わり、世の中の動きを経済的切り口で見る訓練は受けてきたので、それをベースに、スタッフや専門家にサポートしていただきながら、チームで番組を作っていきました。
私はなるべく現場に足を運び、自分の目で確かめるキャスターになろうと心に決め、気がつけばもう9年目です。
その当時からスタンスはほとんど変わっておらず、ニュースを取り上げるときは、まず自分が何に引っかかるのかを分析するようにしています。
誰かにインタビューするときも、質問はスタッフとすり合わせる前にまず自分で考えます。
自分発の素朴な疑問を大切にして、視聴者の方にも、『このニュースは自分とどう関わりがあるのだろう』と意識していただける報じ方を心がけています」。
緊張感あふれる生放送を仕切るには、どんなことが大事なのでしょうか。
「テレビはチームワークが大事で、チームで協力して初めて何とか良いものが作れます。
私はたまたま顔を出す役割を与えられただけ。すべての関係者の誰か1人が欠けても成立しないことを心に刻みながら、毎日現場に立たせてもらっています」。
WBSは、当初は月~金曜の毎日、大江さんがメインキャスターを務めていましたが、コロナ禍を機にメインキャスター2人体制が確立。
2021年3月からは大江さんは月・火曜のメインキャスターとなり、出演のない日は取材やインプットの時間として活用できるようになりました。
「おかげさまで、とてもいいバランスで働けています」と語ってくれました。
洗濯機をボーっと眺めてリフレッシュ
長年、テレビ東京の看板キャスターとして活躍している大江さんですが、忙しい毎日の疲れをどのように癒しているのでしょう。
お休みの日の過ごし方についてうかがってみると、
「地道に何かを作る作業が結構好きで、今日もオリーブの実を絞って、オリーブオイルを作ってみました。
冬場はお味噌も仕込みます。2月ごろに始めると11月にはできあがるんです。
難しそうだと思いますか?実は塩麹と大豆がセットになった “お味噌キット” というのがあって、誰でも簡単に作れるんですよ。
お豆をコトコト煮たり、つぶしたりと、ちょっと時間はかかりますが、そういう作業をゆっくり、コツコツやっていると気持ちが安らぐんです。
ほかにも、洗濯機がグルグル回っているところをボーっと眺めているのも大好きです。ストレス発散になるので、気が付いたら深夜に1時間くらい、ずっと見ていることもあります(笑)」。
思いがけないリフレッシュ方法ですが、ニュースの現場でスピード感と緊張感のある毎日を送っている大江さんだからこそ、休日はゆっくりと流れる時間に身を委ねて、心を無にすることが大事なのだと、納得できるお話でした。
リスキリングや寄付など生きたお金の使い方がしたい
経済に造詣の深い大江さんのお金との付き合い方も気になります。
「子どものころ、大江家には『子どもはお金に触れさせない』という教育方針があり、お年玉をもらっても、そのまま親に渡すような家庭でした。
だから、小学校1年生のとき、文房具店に1人で買い物に行き「〇〇円」と言われても、どの硬貨を出せばいいのかわからなくて、持っているお金を全部手のひらに乗せて、お店の人に必要な分を取ってもらっていたんです。
そのくらい、お金というものに触れてこなかったので、大江家には、もう少しお金に触れさせる教育をしてほしかったなと思いますね(笑)。
今は、できればお金は貯蓄だけに回すよりは、自分を高めることに使いたいと思っています。
“リスキリング(新しい知識・技術を学ぶこと)の時代” ともいわれています。自分が興味を持ったこと、気になったことを学ぶためにお金は使いたいですね」。
さらに、せっかく使うのならばと、最近は、自分なりの “生きたお金の使い方” を実践しているそうです。
「スマートウォッチに、自分のアクティビティを管理できる機能がありますよね。
そこで1日の消費カロリーの目標値を設定し、目標をクリアした日は1日200円を貯金して、1カ月後、貯まったお金を寄付することにしています。
仲のいい先輩とスマートウォッチを連携し、消費カロリーの数値を共有して、怠けないようにしています。
寄付をするのはその先輩のアイデアで、今年の1月から始めて、これまでに、大洪水があったパキスタン、噴火があったトンガなど、その月大変なことが起きた地に寄付しました。
誰かの役に立つかもしれないと前向きに運動できるのがいいですし、自分が現地に行ってサポートできないぶん、お金に思いを乗せてお金に動いてもらい、活躍してもらえるのがいいなと思っています」。
大江さんは「自分が伝えたニュースが、一瞬自分を通り過ぎていくだけにはしたくない。
自分で掘り下げて、心に何かを蓄積できるようにしたい」とも語ってくれましたが、その実践の一つが “寄付” というお金の使い方になったのかもしれません。
目まぐるしく変化する時代のなかで、地に足をつけて、日々考え、行動している大江さん。
最後に、今後に向けての新たな目標についてうかがうと、少し考えて、「とにかく今を全力で生きることが私の目標です」という答えが返ってきました。
「かつて私は『ニュースの裏側に携わる』ことを夢見ていましたが、今、まさにそれができているので、全力で番組を支えるためのサポートをしたいですし、そのために全集中するのが理想です。
WBSは “あなたと世界を経済でつなぐ” をコンセプトにニュースをつくっています。経済ニュースと聞くと、少しとっつきにくく感じるかもしれませんが、ジュース1本買うことも立派な経済活動です。
生きていること自体が経済と直結していると言ってもいい。それを多くの視聴者に実感していただける番組にしたい。
それが今の私の最大の目標です」。
本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」vol.63 2023年冬号から転載しています。