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著名人・有識者が語る ~インタビュー~

幾通りもある未来への選択肢

公認会計士 山田 真哉

小説『女子大生会計士の事件簿』が人気を集め、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の著作で会計学の面白さを発信した山田真哉さん。
現在も斬新な視点でとらえたさまざまな著作が話題を呼んでいます。
そんな山田さんに、会計学の魅力を交えながら発想や生き方のヒントを伺いました。

山田 真哉
(やまだ・しんや)

1976年兵庫県神戸市生まれ。大阪大学文学部史学科卒。予備校を退職後、公認会計士試験に合格。中央青山監査法人/プライスウォーターハウスクーパースを経て、公認会計士山田真哉事務所を設立。

「予備校のカリスマ教師」を目指し、挫折

数多くの話題作を執筆し、厚生労働省等の各委員や人気コピーライターの事務所のCFO(最高財務責任者)を務め、テレビドラマの監修にも携わる公認会計士。その活動内容だけを見ればさまざまな世界でエネルギッシュに行動する人物を想像するかもしれない。しかし、実際にインタビューに応じてくれた山田さんは、イメージとはまったく違った物静かな青年だった。

そんな山田さんに多彩な活動に取り組むに当たってのモットーを聞いてみた。

「ただ目の前にあるチャンスをそのまま受け止め、黙々と取り組んできただけです。その結果としていろいろなことをやってきたように見えるかも知れませんが」

山田さんは神戸で生まれ、育つ。高校3年生のときに阪神淡路大震災を体験。幸いにして家族は全員無事だったが、家は全壊してしまう。大学受験を目前にした冬、ラストスパートのまさにその時、勉強に打ち込む場所を失った。しかし、山田さんは動揺することなく、多方面に連絡を取り、予備校の寮に生活と勉強スペースを確保する。近くには第一志望校の大阪大学があり、受験にも便利だった。そしてそのままストレートで大阪大学に合格する。

目の前に起こった現実を淡々と受け止め、黙々と行動していく。そんな山田さんの生き方の基本は受験生時代から芽生え、大学時代にも貫かれていく。

「家が全壊していたので生活費は自分で稼がなければなりませんでした。そこで出会ったのが予備校講師のアルバイトです。時給は高く、大卒の新卒社員の年収程度は軽く稼げるのがまず魅力でした。そのうち、現代文や古典を教える面白さにも惹かれ、あっという間に夢中になっていました。卒業を控え、就職活動では一般企業か予備校か迷った挙げ句、予備校に決めたのです」

山田さんが選択し、目指した道は現代文のカリスマ教師。それは衛星放送で授業が全国の予備校に放映されるスターのような存在だった。しかし夢を抱いて就職のために上京したものの現実は厳しく、わずか2カ月で退職してしまう。

現代文と会計学。その共通項は二元論

「自分の進むべき道はこれだと決め、懸命に努力してきただけに大きなショックがありました」

挫折感に打ちのめされて神戸の自宅へ戻った山田さん。自信を喪失し、新たな就職活動の意欲はまったく起こらなかった。それでも親や近所の手前、ぶらぶらしているわけにはいかない。そこで通い始めた専門学校で、公認会計士の資格取得を目指すことになる。

「専門学校の担当の人に勧められたから、公認会計士の道を選んだ。理由はそれだけでした。しかし、勉強していくと面白いことにそれまで自分が情熱を傾けていた現代文との共通項に気が付いたのです」

その共通項とは、どちらも二元論であること。会計が、収入―支出、借り方―貸し方、債権―債務の二元論で数字を見ていくのに対して、現代文の解読テクニックも、西洋や東洋、自己と他者といった二元論が軸になっている。

山田さんは会計学に一層意欲的に興味を持って取り組んでいく。思えば予備校か、一般企業かの選択で迷い、挫折した就職も一つの二元論だった。世の中にある多種多様な二元論が絡み合った会計学に触れることで、人生の二者選択も無数にあることに気付いたといってもいいかもしれない。

いつの間にか就職の失敗という挫折から山田さんは立ち直り、1日15時間、多い日は20時間と会計士の勉強に没頭。1年という短い期間で二次試験まで合格する。

きっかけはジャンケン。それが小説執筆の始まり

公認会計士という道を選んだ山田さん。そこに再び新たな選択のチャンスが訪れる。

二次試験にパスし、東京の大手会計事務所に勤務していた山田さんはある日、若手会計士の会合に参加。ジャンケンに負け、広報の責任者になってしまう。そこで不承不承取り組んだのが学生向け機関誌への出稿だった。山田さんは、自分が読んで楽しい企画をと考え、自ら小説を連載することを決心。アイデアを提案し、受け入れられる。そこで書き始めたのが『女子大生会計士の事件簿』だった。堅いイメージの公認会計士と正反対のイメージの女子大生。その意外性が面白く、小説は大好評で、バックナンバーを求められるまでに。

「バックナンバーを読みたいという声が増え、それならば本として出版してもヒットするのではと考えました。しかし、どの出版社も受け入れてくれず、自費出版に踏み切り、新聞に自費で広告も出しました。その結果、大きな反響を呼んだのです」

この小説が世に出たきっかけは、機関誌に小説を連載したこと。そして、その元をたどればジャンケンに負けて、広報の責任者になったこと。とはいえ、それが運命的だとは山田さんは思わない。ジャンケンに勝ち、広報の責任者にならなくとも別の人生があったはず。ただ目の前に起こったことを淡々とチャンスとして選択し、黙々と道を進んできた結果に過ぎなかったと言う。

作家としても活躍し始めた山田さんは、やがて新たな選択として『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を構想する。

着想から完成まで2年を費やした『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』

軽トラックにさおだけを載せ、「さおだけ~」の声とともに街を走るさおだけ屋。その姿はひんぱんに見かけるが実際にさおだけを買う人はあまりいない。買いたくても軽トラックはあっという間に通り過ぎてしまうし、仮にさおだけを買うことがあっても1~2本程度。そのような営業方法で果たして経営が成り立つのだろうか?

そこに山田さんは目をつけた。大手の会計事務所を退職してバイト生活を続けていたときだった。さおだけ屋に抱く疑問のように一般の人が興味を持つような会計の本を出そう。それが新たに彼が選択した道だった。

温めていたアイデアを出版社に提案。編集者も乗り気で着々と企画は実現に向かっていく。しかし山田さんはすぐに本にはまとめず、リサーチに時間をかけた。そして着想から2年、徹底して内容を吟味し、一冊の本がカタチになろうとしていた。それが後にミリオンセラーとなる『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』だった。ところが上層部からタイトルの許可が下りない。議論が百出(ひゃくしゅつ)、結局担当の編集者が押し切り、ユニークな書名の本はたちまち10万部を売り上げる。

「着想と内容には自信を持っていたのである程度、売れ行きは見込んでいました。この本が出た2005年当時は、経済や経営に関心が寄せられる事件も起こり、そういった時流も手伝ってか、10万部を突破しても勢いは止まらなかったのです」

こうして出版から7カ月でミリオンセラーに。そしてその書名は2005年の流行語大賞の候補にもなる。

私たちは消費者。だから消費に興味を持ちたい

「会計学は数字が登場して難しいようでも扱う単位は円のみ。そして数字は足すか、引くか、割るかといったシンプルな世界です。しかし、金融という世界を生きていく上では欠かせない技術です。だからこそ、会計学をもっと身近にできないかという思いが『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』のベースにありました」

そう語る山田さんに、会計学の観点から、私たちが心がけたい日常のアドバイスを伺ってみた。

「自分が買い物をしたレシートは一年分くらい捨てないで取っておき、あるとき、それをチェックしてみてください。その中で本当に自分が意義ある消費をしてきたかを自身で検証してみてほしいのです」

山田さんが強調するのは、受け身ではなく、消費者としてのプロ意識。たとえば教育者であれば教育に、そして生産者なら自分の生産物に興味を持つのは当然だ。では消費者としての私たちはどうか。その意味から再度、消費者として自分を客観視し、その行動を見直してみてほしい。そのいい機会になるのが、山田さんの勧める一年分のレシートチェックというわけだ。会計学を身近な視点でとらえる山田さんならではの発想がそこにある。

目の付けどころを変えると、いろんなものが見えてくる

山田さんが今、大切にしているのは「目の付けどころ」を意識すること。新たな発想は、いろいろなポジションの目線でものごとを見たときにこそ生まれてくると山田さんは語る。

『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』も、会計学にまったく興味のない人の目線で書いたからあれほどのヒット作になったと山田さんは分析する。固定概念にとらわれないさまざまな目線を持つことは、人が生きていく上でも大切なこと。そして、どんな人でも自分の選んだ道が予期せぬ方向へと進み、困難に直面することがある。そんなときこそ、「目の付けどころ」を変えるべきだと山田さんはアドバイスする。

「私は最初の就職では挫折しましたが、それは目線を変えればチャンスの始まりだったわけですし、小説を書くきっかけも広報活動を自分なりに楽しくやってみたいという別の視点にあったと思います。そして、自分が選んだ道以外にもいろいろな成功への選択肢は必ずあったはずです。それも目線を変えることで見えてきたことでしょう」

未来への選択肢は幾通りもある。目の付けどころ、視点を変えればそれが見えてくる。

本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」Vol.10 2009年秋号から転載しています。


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