著名人・有識者が語る ~インタビュー~
落語はお客さんの前で演じて、初めて完成する芸。
だからぜひ生で見てほしい。
ネットやテレビで見るより100倍面白いですよ!
落語家 春風亭一之輔
ここ数年の落語ブームをけん引しているのが人気、実力ともに兼ね備えた落語家、春風亭一之輔さんです。
古典落語に現代風のスパイスを効かせ、緩急をつけた語り口で一気に客の心をつかむ技は天下一品。
落語との出合いや落語の愉しみ方、将来の夢などを、一之輔さんならではの軽妙な語り口でお話しいただきました。
春風亭一之輔
(しゅんぷうてい・いちのすけ)
1978年千葉県生まれ。落語家。日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝師匠に入門。
2012年真打昇進。10年にNHK新人演芸大賞、文化庁芸術祭新人賞を受賞。12年、13年に国立演芸場花形演芸大賞受賞。現在は寄席を中心に各地での落語会、ラジオや雑誌のコラム連載など幅広く活躍。著書に『春風亭一之輔のおもしろ落語入門 おかわり!』(小学館)、『いちのすけのまくら』(朝日新聞出版)など。
寄席の独特な雰囲気に惹かれ落語の魅力に目覚めた高校時代
2011年9月、落語界で大きな話題となったのが「春風亭一之輔 21人抜きで真打昇進」のニュース。“真打”とは落語家にとっての最高位。
しかも、通常は、年功序列で4~5人同時昇進が不文律となっているところを、このときは一之輔さんが大勢の先輩方を追い抜き単独で昇進するという、異例ずくめの出来事でした。
今をときめく天才落語家、春風亭一之輔さんは、いつ、どのように落語と出合ったのでしょう。
「落語に目覚めたのは高校生のときですね。
ラグビー部に入ったんですけど、疲れて1年でやめました。それで暇になった週末、浅草でふらふらしてて、たまたま目にして何の気なしに入ったのが浅草演芸ホール。それが初めての寄席体験でした。
演者さんは、面白い人もいればそうでない人もいて、お客さんも聞いているんだか聞いていないんだか分からない。時空が歪んでいるみたいな空間でしたが、その雰囲気が居心地よかったんです。寄席っていいなあと、興味が湧きました」。
通っていた高校に休眠状態の落語研究会があったため、友人を1人誘って復活させ、見よう見真似で落語をやってみたそうです。
「やってみると、自分の間やリズムに合わせて身振り手振りで表現する落語という芸が、妙に楽しいんです。体にしっくりくるというか。1人でもできるし、生き生きできるなって思いましたね」。
その後、大学に進学した一之輔さん。特に大学では落語以外に打ち込めるものには出合えませんでした。
「大学4年の時、就職活動をするでもなく、なんとかなるんじゃないかと思っているうちに時が過ぎていきました。
大学卒業後、なんとなく、落語家になるか…と、春風亭一朝師匠の門をたたきました。
一朝師匠に弟子入りしようと思ったのは、師匠の落語が耳に心地よかったんですよね。落語って音楽みたいなもんで。あとは優しそうだったから。うちの師匠は優しそうに見えて、本当に優しかったですね(笑)」。
見習い、前座、二ツ目を経て異例の真打昇進を果たす
弟子生活は師匠の鞄持ちなどをする「見習い」から始まりました。見習いは寄席の楽屋には入れず、師匠や兄弟子のそばで気働きをします。
「見習いっていうと、師匠の家に住み込んで、掃除や洗濯をするイメージですが、一朝師匠の場合、住み込みではなく、師匠宅の家事もしなくてよかったんです。
近所で家賃2万円くらいのアパートを借りて、通いで見習いをやりました。見習い期間は無給だけど家賃は自分で払うので、師匠に最初に聞かれたのは『貯金はあるのか』ってこと。
ただ、飯代や電車賃は師匠や先輩が出してくれました。たまに師匠から『これ、電車賃』って1000円もらったら、『ありがとうございます!』っていただいて、歩いて帰る(笑)。そんな毎日でした」。
2カ月の見習い時代を経て前座になると、いよいよ寄席の楽屋への出入りが許され、演者さんへのお茶出し、座布団の準備、着物の着付けのお手伝いなど「楽屋働き」が始まります。
寄席は昼の部、夜の部と二部制で、楽屋働きをすると半日で1000円、1日フルで2000円が「定給」(じょうきゅう)としてもらえたそうです。
「前座のときは、師匠の許しがあれば高座に上がれる日もあるし、楽屋にいれば師匠方の生きた落語を浴び続けることができる。そうやって3~4年も前座をやっていると、自然と落語家らしいしゃべりが身に付くんです」。
一之輔さんは3年4カ月の前座を経て、「二ツ目」に昇進しました。紋付の着物と羽織の着用が許され、いよいよ落語家としてのスタートです。
とはいえ、前座と違い定給がなくなり、ギャラは歩合制になるため、経済的に一番きつかったのが、実はこの二ツ目昇進から1~2年のころだそう。
「前座では定給をもらえていましたが、二ツ目からは営業やギャラ交渉を自分でやらなくちゃいけない。それが僕は苦手で。
昇進当初はご祝儀でお仕事ももらえたけど、それも半年ぐらいでガクンと減って、1年後にはほとんどやることがなくなりました。
昇進後、すぐに結婚して子どもも生まれたので、当時はカミさんが働きに行って、僕は家で家事をしたあと、子どもをベビーカーに乗っけて公園を散歩、というのが日課でした。
歩くペースって落語のリズムにちょうど合うので、落語の稽古をしながら歩く訳です。
坊主頭の男が、昼間からぶつぶつ言いながらベビーカーを押しているでしょ。そうすると、公園にいたママさんたちはみんなよけていくんですよね(笑)」。
生活は大変だったものの、一之輔さんは有り余る時間で稽古に没頭し、ネタを増やすことを心がけました。勉強会も始め、月に1つのペースでネタおろし(初めてお客さんの前で演じること)をやっていきます。
やがて3年が過ぎたころ、徐々に仕事が入るようになります。呼ばれればどこにでも行き、落語の腕を磨く日々。
その後、天性の才能と努力で、一之輔さんはめきめきと頭角を現していきます。徐々にファンも増え、気づけば「真打に一番近い男」と呼ばれるまでに。
評判が評判を呼び、ついに驚きの“21人抜きの真打昇進”が発表されます。
落語協会の柳家小三治会長(当時)をして「久しぶりに見た本物」と言わしめた、平成の天才落語家“春風亭一之輔”の誕生です。
ただ、真打昇進のときの心境を聞くと意外な答えが返ってきました。
「『夢が叶ったなぁ』っていう感じはなくてね…。認められたうれしさより、『これからが大変で面倒だな』っていうのが正直な気持ちでした」。
異例の昇進にもおごらず、淡々と受けとめる一之輔さん。そんなところも、大物といわれるゆえんなのかもしれません。
200以上のネタを変幻自在に演じる芸が圧巻
真打になって10年。今では年間900回も高座にのぼり、日本中で落語を披露、落語ファンを増やし続けています。すでに持ちネタは200を超えると言います。
「落語の稽古は、師匠と一対一で相対し、通しで1席話してもらって覚えます。それをスマホやテープで録音して、家に帰って練習して、できたら聞いてもらう。
そこで師匠からダメ出しされ、再度聞いてもらい、最終的に『いいよ』となったら高座にかける。
でも、本当に大事なのはそこから。お客さんの前でそのネタを話すことで、ようやく自分のものになっていく。そこが落語の面白いところです」。
落語には、噺(はなし)の前にする“まくら”がありますが、一之輔さんの落語では、まくらに時事ネタをふんだんに盛り込み、ときにお客さんをいじりながら客席をなごませます。
すっかり温まったところで本題に入ると、古典落語に独自の現代風の味付けを施しつつ盛り上げていくので、落語を知らずとも十分楽しめます。
初心者も通の人もとりこにしてしまう話芸はまさに秀逸。「最もチケットがとれない落語家の1人」といわれるのも納得です。
コロナ禍だからこそ、1人でも多くのお客さんを笑わせたい
順風満帆な一之輔さんの落語家人生にとっても、コロナ禍は衝撃でした。
緊急事態宣言が発令され、寄席は閉じられるなど、落語界は大きな打撃を受けます。落語家はもろい商売だと痛感させられたと一之輔さんは言います。
「落語って『なくてはならないもの』ではないんだなと思い知らされました。
でもね、寄席支援のためのクラウドファンディングでは、1カ月半で1億円以上が集まりました。本当にありがたいことでした。落語を求めている人がいるんだと。
コロナ禍とはいえ、日常のちょっとした出来事を笑いに変えていくのがわれわれ落語家の仕事。それを楽しく聞いて笑って、日常の嫌なことを忘れてもらいたい。
コロナ禍だからこそ、落語でお客さんを笑わせたいという思いは強くなりましたね。
自分でも何かできないかと思い、可能性の一つとして、中止になった寄席のトリで予定していた落語をYouTubeで配信しました。無料だし、足を運ばなくても楽しんでもらいたいなぁと」。
また、コロナ禍以前から一之輔さんは「落語を生で聞いたことのある人を1人でも多く増やす」ことに力を注いできました。そこで落語初心者に向けて、寄席を楽しむ方法を教えてくださいと言うと、
「落語を楽しむのに難しいことはありません。チケットを買って、座っていてくれれば、それだけでいいんです。前提知識もいりません。日本語がわかれば楽しめます。
寄席ってショーケースみたいなもの。落語だけでなく、漫才や漫談、紙切り等たくさんの演者さんが入れ替わり立ち替わり出てきて、だいたい1組15分受け持ち、トリの落語家は30分しゃべります。
知っている落語家さん目当てでもいいし、ふらっと立ち寄ってもいい。
ただ一つ言えるのは、落語は生で聞いたほうが、ネットやテレビで見る100倍、面白いということ。ぜひ生の落語を体験していただきたいですね」。
いくつになっても現役で寄席に出られたら本望です
会場では常に笑いを巻き起こす一之輔さん。実際の暮らしぶりも気になりますが、意外にも、質素で地味な生活を送っているそうです。
「僕はあんまりお金を使いませんね。高い買い物は、仕事柄着る着物くらい。普段の洋服にも食事にも全然こだわりはないですし、ギャンブルはしないし宝くじも買わない。投資もしない。趣味もない。
まあ、趣味が仕事になっちゃったんでね、お仕事一本。つまらない人生でしょ(笑)。
別にお金を貯めようと思っているわけじゃないんだけど、使い道がわからない。そのうちドーンって使っちゃおうかな…。
あ、でも、こんな話してたら、まるで家にお金があるみたいですね。いやいや、あるっていうほどないので、誤解のないようにお願いしますよ(笑)。とにかくお金には無頓着な生活です」。
私生活は質素に、大好きな落語道に邁進する一之輔さんですが、現在44歳。将来はどんな落語家を目指しているのでしょう。
「理想の落語家像ってないんです。日々落語を積み重ねた先で、自分がどういう落語家になっているか想像がつきません。だからこそ、今後の自分が楽しみといえば楽しみ。あと50~100のネタを覚えたいよね。
夢はね、1日1回、昼の2時ごろに寄席で一席しゃべって、帰っちゃう落語家(笑)。そのあとビール飲んで刺身食って、夜7時ぐらいに風呂入って8時には寝る。そんな生活、いいですよねえ。
大事なのは、1日1回は大好きな寄席に上がること。
若手から『あの人誰?』、『さあ。なんでも若いとき、ずっとしゃべっていたから、その縁で出させてもらっているらしいよ』
なんて言われながら寄席に出続け、飄々(ひょうひょう)と帰っていく。そんな落語家、いいよねえ。
あ、その夢を叶えるためには、貯蓄は必要か…。そうだ、やっぱり今は、しっかり貯蓄はしておかなくちゃ、だね」。
本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」vol.61 2022年夏号から転載しています。