著名人・有識者が語る ~インタビュー~
声をかけられてこその役者。人とのご縁を大切に、これからもさまざまな役を演じたい
俳優 高橋克実
俳優、MCなどマルチに活躍する高橋克実さんが最初に注目を集めたのはフジテレビドラマ『ショムニ』シリーズ。
36歳と、やや遅咲きのブレイクでした。
長年の下積み時代をどう乗り越えたのか、役者をめざした思いとは、など、ユーモアたっぷりに語っていただきました。
高橋 克実
(たかはし・かつみ)
新潟県出身。高校卒業後、大学受験で上京するが役者の道へ。小劇場で活動後、1998年『ショムニ』(フジテレビ)でブレイク。2000年代放送の『トリビアの泉』(フジテレビ)での司会も話題となる。『フルスイング』『梅ちゃん先生』(ともにNHK)、舞台『女の一生』など、出演作多数。2015~20年は『直撃LIVE グッディ!』でMCを務める。
映画が好きで上京し劇団とバイトに明け暮れた20代
新潟県三条市で生まれ育ち、幼いころから映画やドラマが大好きだったという高橋克実さん。当時人気のアラン・ドロンやチャールズ・ブロンソン、松田優作さんらに憧れていたといいます。
高校を卒業し、“大学受験”の名目で上京をすると、予備校の寮に入ったその日から、勉強そっちのけで映画館めぐりをスタート。エンターテイメント情報誌『ぴあ』を片手に、今日は新宿、明日は横浜と、関東近郊の映画館に繰り出しては、東宝の『社長シリーズ』、『駅前シリーズ』、任侠映画などを片っ端から見て回りました。
「授業に全然出なかったので散々怒られましたけどね(笑)」と当時を楽しそうに追想する高橋さん。このころ、ぼんやり「将来は大好きな映画に携わる仕事に就きたい」という思いが芽生えます。
「最初は制作がやりたかったんですが、どうやって制作の仕事に就くかわからなかったので、どうにかしてこの世界に近づこうと、まずは役者のオーディションをいろいろと受けました。もちろん、受けては落ちる、の繰り返しでしたが、オーディション会場には自分と似たような人が結構いましてね。そういう人たちと話をしているうちに、『だったら自分たちで劇団やろうか』って話になっていったんです」。
ちょうど巷では小劇場が大ブーム。高橋さんは仲間と一緒に新宿の小劇場を拠点に、役者人生をスタートさせました。しかし、無名の劇団なので、チケットは売れません。友人や知り合いに買ってもらえればいいほうで、生活費を稼ぐためには、バイトが欠かせなかったそうです。
「ディスコの黒服や看板設置の肉体労働をしていました。生活はハードでしたよ。夜通し仕事して、明け方に帰宅。少し寝て午後は芝居の稽古をして、また夜のバイトに行く。そんな毎日でしたね」。
当時暮らしていたのは、家賃2万円の笹塚の小さなアパート。4畳半1間に共同トイレ付き。風呂なしでしたが、目の前に銭湯があり、よく利用したそうです。
「銭湯が夜中までやっていたので、閉店間際に行きました。笹塚には、売れない役者がたくさん住んでいました。そのときはお互いまったく知らなかったですが、今、大活躍している役者さんも数多くいらしてましたね」。
さまざまな出会いに恵まれ役者として花開く
役者としてなかなか芽は出ないまま26歳になった高橋さん。当時、不安が募っていたそうです。それでも役者をやめずに頑張れたのは、「自分が好きで始めた役者。自分たちの芝居を多くの人に見てもらいたい」という思いからだった、と高橋さんは振り返ります。
小劇場で役者としての腕を磨くなか、やがて高橋さんに転機が訪れます。俳優、田山涼成(たやまりょうせい)さんとの出会いです。あるとき、田山さんプロデュースの4人芝居に出演したのが縁で、田山さんが所属していた現在の事務所に入ることになったのです。
その事務所は、一世を風靡(ふうび)した劇団「夢の遊眠社」のマネジメント部門から発展し、舞台制作も手がけていた事務所。高橋さんも、舞台だけでなく、映画やテレビドラマへの道も開かれます。
「当時の僕には『こんな役がやりたい』なんて言えるほどの信念や野望があったわけでもなく、その姿勢を事務所の社長にも叱られたくらいでした。だから事務所が選んだ仕事に集中して向き合うだけ。でも、それがよかったと思います。自分のことは客観的には判断できなかったと思いますし。そもそも僕は、ただもう映画が好きで、好きな役者さんと共演できれば、それだけで幸せな、ただのミーハー(笑)。声をかけていただけるだけでうれしかったんです。あまたいる俳優の中で、僕を選んでくださったのだからと、その目の前の仕事に全力を注いできました」。
その努力の積み重ねが実り、ついに1998年、出演したフジテレビのドラマ『ショムニ』が大ヒット。高橋さんの名前は一躍世間に知られるようになりました。
お金はあるだけ使ってしまうので事務所がうまく管理してくれた
仕事のオファーも増え、収入も安定した高橋さん。暮らし向きも余裕がでてきたのでしょうね、と尋ねると、
「実は、あまり変わった実感はありませんでした。というのは、僕はお金があれば、あるだけ使ってしまうタイプで、それを事務所の社長に見抜かれていました(笑)。それで、事務所のほうでうまく管理してくれていたんです。
確かに、バイトをしながら劇団をやっていたときも、バイト代をもらうと、まず借金している先輩方に返して、残ったお金を持ってそのままパチンコに行っちゃうような生活をしていました。僕にまとまったお金を持たせたら、散財するのは目に見えていましたね(笑)。だから、あえて事務所側が、出演料を僕に全額支払うのではなく、その都度、その中からある程度の額を貯金してくれていたんです。それがしばらく続いていました。当時は、たとえば、車を買い替えたいと思っても、社長に、『車?そんなもの、要らないでしょ』とビシっと言われて、あきらめる、という生活でしたから、あまり生活が変わった実感はなかったですね(笑)」。
浮き沈みの激しい芸能界では、後先考えずにお金を使ってしまうのは危険なこと。事務所に経済的な面をしっかり考えてもらったおかげで、堅実な暮らしができたと、高橋さんはそのころを振り返り、社長に感謝をしているといいます。
仕事は人間関係がすべて 人との縁を大切にすれば仕事に出会える
役者として活躍する一方、バラエティ番組『トリビアの泉』のMCを務めるなど、高橋さんの仕事は、それまでと違う分野へも広がっていきました。そして、2015年、舞い込んできたのが、情報番組『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)のMCの仕事でした。事務所から言われた仕事は決して断らないと決めていたものの、さすがにこの仕事の話を聞いたときは驚いたそうです。
「最初、何のことを言っているのか、全然わかりませんでした。だって、この僕がお昼の生の情報番組のMCなんて、どう考えたってありえないでしょ。でも事務所は受けた。きっと僕ならやれる、僕のためになるという思いがあったのでしょう。覚悟を決めるしかなかったです(笑)。
仕事って、結局、人との関係―縁―がすべてなんだと思います。縁があって仕事がいただける。役者にしても、MCにしてもね。僕は役者ですが、だいたい『うまく演じること』なんて、とうの昔にあきらめています(笑)。もし、僕の演技がうまく見えているとしたら、それは脚本がいいんです、演出がいいんです、カメラマンがいいんです。周りの方に助けられてうまく回っている。だからこそ、人との縁を大事に、いただいた一つひとつの仕事をしていきたいと思っています」。
どこまでも謙虚な高橋さん。人気の秘密の一端を垣間見た気がしました。
こんな時代だからこそ楽しいお芝居で皆さんを元気づけたい
『直撃LIVE グッディ!』は2020年9月に終了し、今はまた、舞台やドラマ、映画の活動に邁進している高橋さん。昨年来続くコロナ禍ですが、だからこそ、少しでも楽しい芝居を創り上げ、見てくれる人に感動を届けたいと意欲も満々。
「この秋には、『Home, I'm Darling(ホーム、アイムダーリン)~愛しのマイホーム~』という舞台で、危機に直面した夫婦を演じます。主演は鈴木京香さん。僕の憧れの女優さんです。
この夫婦は、楽しく、思い通りの生活を満喫しているという前提で、開演早々、僕にこんなセリフがあるんです。『美しい妻がいて、素敵な家があって、もうそれで十分。ほかには何もいらないよ。まあ、お金はあってもいいけど、なくてもいいじゃない』。ところが、実は妻が借金していて、お金なんてない。え~?ですよね。本当にお金がないとなったら、さあ、どうする?
そんな夫婦を中心に展開する、とても面白いお芝居です。お金は使い方を間違えちゃだめですし、お金に苦労しない人は、結局、お金のありがたみもわからない。僕自身、いろいろ考えさせられるお芝居です」。
そうおっしゃる高橋さんに、現在のご家庭についてもうかがってみました。
「今はもう、何でも2人の子どもが優先です。昔はお金を将来のために残すといったことを考えたこともありませんでしたが、今は子どものために貯金をしています」。
あればあるだけ使っていたころとは、ずいぶん違う生活になったようです。
「最近は自分のためにお金を使うことはほとんどありません。ふだん着るのはほぼジャージで、家用のジャージと外出用のジャージがあるくらい(笑)。高価な時計なども着けない。車は家族で乗るためのスライド式のファミリーカー。子どもが野球をやっているので、泥だらけのユニフォームで乗ってくるけど、全然気にしません。
自分のことで気にかけていることといったら、健康ぐらいかな。ストレッチをしたり、食事に気を付けたり。昔はたくさん食べるのがかっこいい、男らしい、なんて思っていましたけど、最近は腹八分目を心がけています。ね、もう全然、お金はかからない生活でしょ(笑)」。
すっかりよきマイホームパパとなり、お子さんのお話をするときは、目尻が下がりやさしい笑顔になるのがなんともチャーミングな高橋さん。しかし、ひとたび芝居の舞台に立てば、役柄に合わせて変幻自在に雰囲気を変え、見る者を夢の世界へといざなってくれます。これからも、果敢にさまざまなジャンルの役を演じ、円熟味を増した演技で私たちを楽しませてくれるに違いありません。
本インタビューは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」vol.58 2021年秋号から転載しています。