2018年度 先生のための金融教育セミナー
【高等学校向け】
3.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)
高等学校分科会2
- 進行・コメント:
- 玉川大学教育学部 樋口 雅夫 教授
実践発表およびワークショップ(1)
「市場経済の仕組み〜価格以外の競争〜」(1年 公民科)
静岡県立浜松湖北高等学校 木村 裕一 教諭
実践発表
高等学校1年の公民科で、「市場経済の仕組み〜価格以外の競争〜」というテーマで行った金融教育の実践です。私が重視したのは、「誰もが考察できる対象を探す」ことでした。そこで、「思考・判断・表現」の目標を、「大手コンビニエンスストア4社の価格以外の競争について考察できる」、「消費者として商品を購入する際に価格以外のどのような点を重視するのかを考察できる」としました。「知識・理解」の目標は、「市場において価格以外の要因がどのように作用するか理解する」、「外部経済、外部不経済について身近な事例をもとに考察する」としました。
授業の流れですが、「導入」でまずテーマを提示し、前時の復習として、需要・供給曲線、市場のメカニズムを復習し、市場経済の基本は価格競争であることを確認しました。次の「展開」で、グループワークの準備に入ります。4人1組でグループをつくり、大手コンビニ4社それぞれの担当者を決めます。グループ内でそれぞれのコンビニの特徴を話し合い、特徴を付箋に書かせます。「お惣菜が多い」、「コーヒーが美味しい」などの特徴が挙げられました。次に、コンビニ4社の担当ごとに生徒が集まり、付箋を模造紙に貼りながら内容をまとめていきます。
金融教育の目標でもありますが、この段階で、コンビニは「価格が安い」という特徴が出てこないことに気づかせます。最初に、「市場経済は価格競争が基本だよ」と説明しますが、コンビニは価格競争をしていないことに気づかせ、店舗によって価格が大きく違わないときに、消費者は何に重点を置いて商品を選んでいるのかを生徒に考えさせました。
今回のテーマでよかった点は、どの生徒も議論に参加できるテーマを設定できたこと、生徒から「今回の授業はいつもより面白かった」と言われたことです。今後の課題としては、非価格競争の発見で終わってしまい、付加価値など高度な内容に結びつけられなかった点があります。また、思いついたことを議論するのではなく、事前調査をさせたうえで議論をすれば、より深い学びが可能だったと思います。
ワークショップ
「金融教育を生徒が身近に感じるために」というテーマでワークショップを行いました。自校の生徒の一日の生活、1年間のサイクルを具体的に考えながら、生徒たちの経済活動をどう授業に結び付けていくかを話し合いました。参加者からは、「文化祭を活用し、商品を売るときの価格設定や売れ残った時の対処法などを考えさせることで、企業の販売活動の理解に結びつける」、「地域のお祭りの出店の種類や商品の価格を調べ、原価はどのくらいか、どの店が一番利益を出せそうかを考えさせる」といった案が出されました。また、「今回の実践はコンビニ4社を比較しましたが、スーパーとコンビニを比較して、スーパーより比較的商品価格が高いコンビニが、どのような工夫をしているのかという視点で考えさせるのもよいのでは」とのコメントもありました。
コメント
樋口雅夫先生より、次のようなコメントがありました。
木村先生の発表は、生徒の実態を把握することから授業を構成されていました。それが一番大事なことだと思います。先生方は、生徒たちにこのように育ってほしいという「思い」があると思います。そこに到達するために、金融教育を通して何をどのように教えればよいのかを知るためにまずは実態を把握するという順番だったと思います。木村先生の実践では「主体的・対話的で深い学び」が実現していると思いました。
コンビニは多角経営です。今回の実践では非価格競争を取り上げていましたが、納税や財政を扱う場面でもコンビニは活用できると思います。コンサートチケットなどの受け取りもできるコンビニは、消費者教育でも活用できます。金融の勉強をする際にも、銀行の役割で繋がってきますし、マーケティングでも使えます。場合によっては、1年間の授業をコンビニを軸にして構成できてしまうかもしれません。題材選びが重要であることの示唆を得たと思います。子どもたちにとっても学ぶ意欲が高まり「主体的な学び」に繋がるものでした。
そしてもう一つ、木村先生が実践されていたのは「対話的な学び」です。グループで意見を出し合い、気づきを集約する。生徒一人ひとりの能力には違いがありますから、思いもよらない意見や発想が出てくると思います。それに対して、そういう考えもあるのかと理解するなど、「対話的な学び」から深い学びへ繋がっていくのだと思います。
実践発表およびワークショップ(2)
「特別支援学校でのお金の学習~社会参加と自立を培うために~」(特別支援学校)
国立特別支援教育総合研究所 横倉 久 上席総括研究員(前 東京都立大塚ろう学校 校長)
実践発表
国立特別支援教育総合研究所は約半世紀にわたって、特殊教育、障害児教育そして、特別支援教育の基盤を支える研究、研修を通じて、インクルーシブ教育の振興を推進しています。今日は、特別支援学校(知的障害)高等部の取組と現状をお話させていただきます。
特別支援教育制度は平成19年に始まりました。キャッチコピーの「場における教育から、ニーズに応じた教育へ」が全てを言い表していると思います。今年、義務教育段階の児童・生徒数が1,000万人を切ったという統計があります。一方で、特別支援の児童・生徒数は増え続けています。特別支援学校は全国に1,135校あり、在籍数は14万人を超えています。そして、特別支援学校の高等部を卒業した生徒のうち、全国では約3割、東京都では約4割が一般企業に就労します。特別支援学校に在籍する幼児・児童・生徒約14万人のうち7割が知的障害なのですが、知的障害の教育において、金融教育はこれまで手が付けられていない分野だと思います。金融教育に思いが至らなかったことに対して私たちも反省しなければいけないと思います。考えてみれば、3割から4割の子どもたちが特別支援学校を卒業後、就職をし、賃金を得て、納税者になるわけです。そのために必要な教育を準備すべきですし、プログラムがあってしかるべきでした。
自立と社会参加に向けた指導を充実するためには、教育が確かな力となる授業を展開する必要があります。「キャリア発達段階表」を資料としてお配りしましたが、全体を俯瞰しながら、焦点を当てて課題に迫っていく視点は大事だと思います。お金の教育は、キャリア発達段階でいうと「情報活用能力」、能力の領域では、「労働の対価としての報酬の価値に気づき、社会生活を営む上で必要なルールの理解とそれに沿って行動すること」や「社会のさまざまな制度の理解とそれらを活用するために必要な能力の育成」に関する領域です。
平成25年6月に閣議決定され、今春、変更された「消費者教育の推進に関する基本的な方針」の中で、「消費者教育は、知識を一方的に与えることではなく、日常生活の中での実践的な能力を育み、社会の消費者力の向上を目指して行われるべきものである」と書かれています。私は、「社会の消費者力」という、個人で考えるのはなく社会全体の視点で考えていくという指摘は目から鱗でした。障害のある方の金融教育や消費者教育は、知的障害教育にかかわる私たちの苦手な分野だったのだなと思います。今後、そこにフォーカスを当ててしっかりとやっていくことが非常に大事なことだと感じています。
ワークショップ
ワークショップでは「上手な買い物をしよう」というテーマで学習指導案の作成を行いました。本時のねらいは、「自分が持っているお金の範囲で買い物ができる」、「値段を比べて買い物ができる」などです。各グループからは、「導入として教師の失敗談を話したい」、「買うものと所持金はクジ引きにしてゲームでやってみたい」、「チラシ、ネット、実店舗からさまざまな情報を収集させる」など、具体的な案が挙げられました。横倉先生からは、「クレジットカードなど、今の時代はお金を借りるという概念も取り入れなければいけないと、先生方のお話から気づきました。知的障害のある子どもたちにどう効果的に学習させていくかを考えなければいけないと思います」とコメントがありました。
コメント
樋口雅夫先生より、次のようなコメントがありました。
横倉先生の発表の副題に「自立と社会参加を培うために」とあります。高等学校の公民科に「公共」という科目ができました。「公共」は「自立すること」「社会に参加すること」を目標とした科目ですが、同じことが特別支援学校の「お金の学習」でも言われています。自立に向けて目の前にいる子どもたちをどのように支援していくのか、 自立するということは、社会に参加することになりますので、このことを念頭において授業を組み立てていただければ、子どもにとって社会を生きる力が身につく金融教育になるのかなということを感じました。
横倉先生が「おこづかい帳」の話をされていました。お財布に一万円入っていて、数日後に残り三千円になったとします。「我慢して大切に使わないと、次におこづかいをもらえる日までもたせられないな」と考えられる力をつけさせることです。この背景には、足し算・引き算をする力、残り日数と自分が欲しいものを想像して結びつけて予測する力など、さまざまな力が必要になります。しかし、子どもたちに「お金をどう使いましょうか?」とただ問いかけるのでは、あまり面白くないわけです。「お金には限りがあるから我慢しましょう」と教えるのも大事な視点ですが、今日のワークショップのように、折角、買い物をするのであればやはり楽しくできるのがいいですね。授業でも子どもたちが「これも欲しいな、あれも欲しいな。どうやってお金を計画的に使おうかな」と楽しく考えられる授業を作っていくことが、特別支援学校に限らず、学校教育で求められていることだと思いました。