大学生のための 人生とお金の知恵
III. 不確実な人生に船出する
2. 意思決定する
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生きていくうえでは、さまざまな不確実性(リスク)の下で、意思決定をしていく必要があります。その際、以下の考え方を身につけておくと役立ちます。
1) 資源の有限性、トレード・オフ、コスト
資源の有限性(希少性)
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資源とは、時間、お金、能力などのことです。不確実性(リスク)などの課題にチャレンジするとき、資源をうまく使う必要があります。
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「資源は有限(希少)であること」を理解することが大切です。若い人は、中高齢の人に比べ、「時間」が豊富にありますが、豊富な時間も有限であることに変わりはありません。「時間」を有効に活用し、「能力」に変換できるよう心がけましょう。
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「光陰矢のごとし」「少年老い易く学成り難し」などといわれます。
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トレード・オフ
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トレード・オフとは、「あるものを選べば、他のものは選べない」という関係のことです。
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たとえば、大学の授業に出席すると、その時間にアルバイトをすることはできません。
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10万円の予算の下では、10万円の資格試験の教材を買うことも、10万円の海外旅行に行くこともできますが、両方をともに行うことはできません。
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トレード・オフは、時間やお金など、資源が有限であることによるものです。
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意思決定を行うとき、「何と何がトレード・オフの関係にあるのか」を考え、「自分の将来のために、より良い選択をする」との姿勢が大切です。
コスト
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何かをするとき、必ずコスト(費用)がかかっています。
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大学の授業に出席すると、その時間にアルバイトをすることはできません(上記)。このため、授業料という費用のほかにも、その時間にアルバイトをできないという費用(「機会費用」)もかかっていることになります。
「機会費用」 -
逆に、アルバイトをすると、その時間に大学の授業に出て学ぶことはできません。これもコスト(費用)がかかっていることに変わりありません。
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コストを意識して、効果が大きい行動をとるよう心がけましょう。
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このように、資源の有限性、トレード・オフ、コストは互いに関連する概念です。意思決定をするとき、この3つの観点を意識しましょう。
2) 自己責任
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自己責任とは、「自分で意思決定したことの結果には、自分で責任を負う」ということです。
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契約の責任を負うことも自己責任の一部です。契約は本来自由にできるものです(契約するか、どんな内容にするか、誰と契約するかなど~契約自由の原則)。自由な意思に基づいて契約した以上、その責任も負うのが当然で、自己責任は経済社会の大原則となっています。
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人生においても同様です。「自分で意思決定したことの結果には、自分で責任を負う」との自覚に基づいて、意思決定する必要があります。責任を負う以上、意思決定する前に情報を集め、よく考えたうえで決めることが大切です。
コラム30自己責任の原則があてはまらないケースもあります
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未成年者が契約したとき、成年者でもだまされたり強制されて契約したときは、責任は限定されます。自由な意思に基づくと言い難いためです。
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情報の「非対称性」などが存在する場合も、自己責任原則が修正されます。消費者契約法は、消費者と事業者の間には情報の量や質、交渉力に格差があることを踏まえ、事業者による問題のある契約締結の手法を挙げ、その手法によって契約をした場合の消費者の取消権や契約の無効を定めています。たとえば、業者が事実と違うことをいう、不利益な事実をわざといわない、不確実なことを断定的にいうなどにより消費者が誤認したとき、業者が帰らなかったり帰してくれないことにより消費者が困惑したとき、消費者は取り消しできます。自由な意思形成が妨げられたと考えられるためです。また、業者が社会生活上の経験が乏しい消費者に対して、進学、就職、結婚、生計、容姿、体型などについて過大な不安をあおる(例:悪質な就活セミナー)、勧誘者に対する恋愛感情ほかの好意の感情に乗じる(例:デート商法)などをした場合にも、消費者は取り消しできます。自由で適切な判断を行うことが困難と考えられるためです。
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特定商取引法でも、消費者トラブルが生じやすい特定の商取引─訪問販売、訪問購入、電話勧誘販売、通信販売、連鎖販売(“マルチ商法”)、特定継続的役務提供(エステ、語学教室、家庭教師、学習塾、結婚相手紹介、パソコン教室)、業務提供誘引販売(“内職商法”)─につき、購入者等の利益を擁護するための措置をいくつか設けています。契約後一定の期間(8日間または20日間)は無条件で解約することができる「クーリング・オフ」もその1つです。これらの取引では冷静に意思決定することが難しいことが多いため、頭を冷やす期間が認められているのです。ただし、これらの取引の中で唯一、通信販売だけはクーリング・オフできません(冷静に意思決定することがそれほど難しくないためです)。
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何かトラブルになり、「消費者として保護されるのではないか?」と思ったときには、消費者ホットライン(「188」)に電話し、対応について相談をしましょう。
3) リスクとのつきあい方
リスクとリターンの関係
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「リスクとリターンの関係」とは、「高いリターンを得ようとすると、リスクも高まる」(ハイリスク・ハイリターン)、「リスクを低く抑えようとすると、リターンも低くなる」(ローリスク・ローリターン)というものです。
リスクとリターンの関係 -
この関係を理解することは、人生における意思決定をするときにも役立ちます。たとえば「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」「No pain, no gain(世の中においしい話はない)」などの格言も、このような見方を示しています。
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職業の選び方について考えてみましょう。一般に、仕事の報酬は、提供する価値の大きさに応じて決まります。競争社会の中で、高い価値を提供するためには、差別化するための努力が不可欠です。高い価値を提供しようとするほど、差別化のための工夫は難しくなります。ハイリスク・ハイリターンの職業の代表例としては、事業家、アーティスト、プロスポーツ選手などが考えられます。
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どのようなリスク・リターンの職業を選ぶかは、個人の価値観の問題です。また、どんな仕事でも、工夫によって価値を高めることができる可能性があります。就職した後も、「より高い価値を提供するために、工夫できることはないか」と常に考えましょう。
コラム31「君子危うきに近寄らず」?
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「君子危うきに近寄らず」との格言も有名です。「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」とは反対のことを言っているようにも聞こえますが、どう理解したらよいのでしょうか。
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この格言でいう「危うき」は、損失のみが発生するリスクのことと考えられます。そのようなリスクであれば、「近寄らず」(回避する)に越したことはありません。
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決して、成功を目指してチャレンジすることを否定しているものではありません。
リスクとのつきあい方
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幸福や成功を目指してチャレンジする場合、リスクをとることが必要です。しかし、一方で、「どのようなリスクをとるか」を真剣に検討する必要があります。
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「リスクをとる」場合、資源(時間、お金、能力など)を投入することになります。資源は有限ですから、「とるリスク」は選別する必要があります。
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「どのようなリスクをとるか」は、それぞれの人の価値観やライフデザインと関連します。
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一般的には、老後までの生活(また収入源)の大きな部分を仕事が占めます。仕事上のリスクに向き合い、リスクを克服する努力に多くの資源(時間、能力など)を費やすことになります。
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その結果、投入できる時間や労力はさらに限られることになります。「何に、時間や能力を投入するか」が問題となります。「とるべきリスクを選別する」ことがポイントとなります。
《演習8》 「リスク許容度」、資産管理の考え方を、人生に適用してみる
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お金の運用について、「リスク許容度」(コラム10)という考え方を学びました。人生における重要な意思決定をするときにも、リスク許容度や資産管理の考え方が使えます。
コラム10「リスク許容度」 -
たとえば、「どこで就職するか(地元か、都会か、海外か)」など、テーマを自由に設定し、自分ならどうするか考えてみてください。
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① 「リスク許容度」・・・「うまくいかなかったとき、最大限どの程度のダメージがあるか」と考えてみましょう。そのうえで、「そのダメージは、自分にとって、許容限度内に収まるか」と考えてみましょう。
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「自分がどこまでリスクをとれるか」を、自分で考えるのがポイントです。
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② 資産管理・・・いま自分が持っているもの、たとえば健康、人間関係(親、配偶者、兄弟姉妹、恋人、友人など)、職業、時間、住環境、財産、生活水準などのすべてを「資産」として捉えましょう。そして、「いま行おうとしている意思決定は、資産全体にどのような影響を及ぼすか」と考えてみましょう。
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「全体観」をもって考えることで、そのリスクをとるべきか、とるべきではないか、判断しやすくなります。
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コラム32コミットメント、インセンティブ
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人間には、「現在のことを重視し、将来のことを軽視する」傾向があり、将来のために現在取り組むべき課題を「先送り」にしがちとされます(コラム28参照)。
コラム28将来のことを軽視してしまう -
このような「先送り」を避けるために、効果があるとされるのが、コミットメントとインセンティブです。
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「コミットメント」とは、将来のことについて計画を立てた時点で、その計画をたとえば「実現する」と周囲の人に伝えることなどにより、自分で自分を縛るものです。実現しないと恥ずかしい思いなどをしますので、効果があります。
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「インセンティブ」は、自分で身近な褒美を用意することです。将来の計画実現時の喜びを心の励みにしつつも、より身近に感じられる時期(計画が少し進捗した段階など)に褒美を用意することによって、努力を続けやすくなります。たとえば「一次試験に合格したら、旅行に行く」などです。
4) 損失のみを発生させる不確実性(リスク)への対応
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けが、病気、死亡、事故、火災、自然災害(地震、台風、集中豪雨など)、犯罪被害など、損失のみを発生させるリスクについては、以下のリスク管理手法を理解しておきましょう。
回避する
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まず、「回避する」ことを考えましょう。
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たとえば、犯罪の被害に遭うことを回避するためには、深夜に出歩かない、危ない人には近づかない、「うまい話」に飛びつかない、などが重要です。
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自動車事故を回避するためには、歩行者としては事故が多い場所を通らない、運転者としては体調が悪いときには車を運転しない、などが大切です。
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慎重に行動し、リスクを「回避する」ことができれば、それに越したことはありません。
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「君子危うきに近寄らず」は、このような行動を指すと考えられます。
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ただし、リスクを回避することは、常に可能ではありません。たとえば自然災害(地震など)を回避するのは難しいことです。また、リスクを「回避する」ことは、常に適切というわけでもありません。たとえば車、電車、航空機などの事故に遭わないよう、これらの利用を避けるのは、「回避する」ためのコスト(費用)が大きすぎると考えられます。
予防・軽減する
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「予防・軽減する」ことも考えましょう。「予防する」とは事故の発生などを事前に防ぐこと、「軽減する」とは事故などが発生した場合に損失の拡大を防ぐことです。
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たとえば、風邪を引かないよう、マスクやうがいをするのは予防です。風邪を引いた後、悪化させないよう早めに休むのは軽減です。火災を起こさないよう火の管理に気をつけるのは予防、防火壁にしておくのは軽減です。
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「予防・軽減する」ことも、常に可能ではありません。たとえば自然災害、事故、病気、死亡などは予防・軽減が常に可能ではありません。「予防・軽減する」ためのコストが大きく、対策を実施できないこともあります。
貯蓄する、保険を利用する
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「回避する」こと、「予防・軽減する」ことを考えても、損失の発生を完全に防止することはできません。この場合、損失を賄うための「お金をどうするか」との問題が生じます。
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主な対策は、貯蓄と保険です。貯蓄は損失を自分で賄う(保有する)方法、保険は損失を事前に他者に移転する方法です(もちろん保険料は払います)。
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貯蓄と保険の使い分けは、コラム23で扱いました。貯蓄は何にでも使えますが、損失を賄える額を貯めるのには時間がかかります。保険は「発生する頻度は小さいが、発生した場合の損失は大きい」ケースに向きます。社会保険(公的保険)では賄えない損失については、民間保険で賄うことも考えてみましょう。
コラム23貯蓄と保険を使い分ける
《演習9》 「不確実性(リスク)」について情報交換する
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グル-プで、情報交換してみましょう。
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① 最近感じている「不確実性」(リスク)
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② 「不確実性」(リスク)を踏まえ、実施している対策
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対策として不十分な点はないか