大学生のための 人生とお金の知恵
III. 不確実な人生に船出する
1. 不確実性に向き合う
1) 人生の不確実性(リスク)
《演習7》 人生の不確実性(リスク)
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今後の人生について、不安に思うことを挙げてみてください。
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まず、人生をとりまく環境は不確実です。将来の環境が不透明・不確実であるのはいつの時代も同じですが、現在もたとえば少子高齢化、人口減、グローバル化、地球環境悪化など多くの課題があります。今後も社会・経済・世界は変化・変動し、新たな課題や不確実性が出現することが予想されます。
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これらの環境を個人の力で変えるのは困難です。しかし、変化する環境に適応するよう努めることはできます。環境の変化が、個人にとってのチャンスとなることもあります。
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自分自身の人生についても、就職(職業選択)という大きな意思決定が近づいています。就職後もキャリアアップ(転職等)や起業も考えられます。恋愛や結婚は人生を大きく左右します。出産・子育て・教育も大きなライフイベントです。社会人になれば、経済的に自立したうえで将来に向けてお金を貯めたり運用することが課題になります。住居についてもいずれ考えることが必要になります。かなり先ですが、退職、老後、介護などについても考えていかねばなりません。
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これらは、自分がどのように意思決定するかに左右されます。意思決定にはリスクが伴います(たとえば受験や就職には、失敗や失業のリスクが伴います。恋愛や結婚には失恋や離婚のリスクがあります。お金を運用する、住宅を買う場合などにも、失敗するリスクがあります)。
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これらの意思決定のリスクは、“幸せ”を実現するためには、避けて通るわけにはいきません。
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損失だけを発生させる不確実性(リスク)もあります。思い浮かべやすいものとしては、けが、病気、死亡、事故、火災、地震、犯罪被害などがあります。これらの中にもさまざまなものがあります。たとえば事故には、交通事故(自動車、バイク、自転車など)もあれば、スポーツ中の事故、労働中の事故、製品欠陥から生じる事故もあります。地震以外にもさまざまな自然災害があります(噴火、津波、台風その他)。
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このようなリスクについては、損失を回避・予防・軽減する、損失を貯蓄や保険で賄うといった対策を実施していく必要があります。
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2) 不確実性(リスク)に向き合う
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生きていくうえでは、さまざまな不確実性(リスク)に対処していく必要があります。
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まず、不確実性(リスク)を認識し、これに向き合うことが大切です。問題を認識し、よく考えることによって、適切な対応をとることが初めて可能になります。
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不確実性(リスク)の中には、あらかじめ準備をしておいたり、対策をとる(たとえば回避するなど)ことによって、結果を良い方向に導けるものが多くあります。
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とくに、幸せを実現するための意思決定については、意思決定して行動を起こすことによって、実現する可能性が高まります。若い人には「時間」という資源が十分にあります。時間を活用し、将来のための行動をすることによって、「将来」が変わります。
コラム28将来のことを軽視してしまう
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人間には、現在のことを重視し、将来のことを軽視する傾向(ゆがみ=バイアス)があるそうです。
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行動経済学では、人間が現在を重視するバイアスを持つ(将来よりも現在の満足を重視する傾向がある)ことによって、将来さまざまな弊害が生じる可能性が高まるとの研究成果が出ています。
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たとえば、学生時代に休み中の宿題を後回しにする傾向が強かった人たちは、後回しにする傾向が弱かった人たちに比べ、負債保有者、肥満者、喫煙習慣者、ギャンブル習慣者、飲酒習慣者となった比率が高かったとの関係がみられるそうです。
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将来のことを軽視してしまう傾向があることを知りましょう。そして、意識して、想像力を働かせて、将来のことを真剣に考えてみましょう。
コラム29行動経済学
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行動経済学の研究者であるリチャード・セイラー教授(シカゴ大学)に、2017年のノーベル経済学賞が授与されました。
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「人生とお金の知恵」を身につけるうえで、行動経済学は役立ちます。
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行動経済学は、「行動」の背景にある人間の「心理」に注目します(このため「心理経済学」と呼ばれることもあります)。
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セイラー教授の業績の1つとして、米国の年金制度に関する貢献が挙げられます。たとえば、対象層に年金制度に「加入する」ことを選択させるのではなく、初期設定(フォーマット)を「加入する」にしておき、加入しない場合は「加入しない」を選択する方式を提唱することなどにより、年金制度への加入を拡げたといわれています。
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セイラー教授は、「明日はもっと貯蓄しよう運動」( SMarT プログラム= Save More Tomorow )の提唱者としても知られています。これは、社会人に「天引き貯蓄」を奨め、とくに「将来昇給したら、天引き額を増額する」と当初契約に盛り込んでおく方式を拡げようとするものです(実際に昇給した時には「増額しない」を選択することも可能)。貯蓄したり、貯蓄を増やすことを先送りしがちな人間の心理に注目した提案です。
また、年金に加入して天引きしていくお金の運用先について、初期設定を「株式にも投資する(株価指数に連動する投資信託などにも資金の一部を投資する)」などとしておくことにより、より多くの人が株式にも投資するようになり、長期的に(たとえば20~40年後の年金受給時までに)年金受給額を増やしていくことに結びついた事例もあるといわれています。
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わが国でも、本多静六博士(東京帝国大学教授)が早くから「天引き貯蓄」を推奨し、その著書は広く読まれていました。
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「心理」は脳の働きですので、行動経済学は脳に関する研究との結びつきが強まっています。人が現在のことを重視し、将来のことを軽視する傾向があるのは、脳の構造(旧石器時代からそれほど進化していない)とも関係があり、一定の合理性があるそうです(例:生き延びるため、種もみや、卵を産む鶏でも食べてしまう。何か危険を感じたらまず避ける/逃げる)。
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現在は寿命も延び、経済環境も変わっていることから、意識して将来のことを考え、行動することの重要性が高まっているようです。