2017年度 先生のための金融教育セミナー
【高等学校・大学向け】
3.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)
大学分科会
- 進行・コメント:
- 帝京大学大学院教職研究科 小関 禮子 客員教授
実践発表およびワークショップ(1)
「『キャリア教育』としての『金融教育』 〜大学における効果的な実施方法〜」
仙台青葉学院短期大学 小形 美樹 教授
実践発表
最初に私の経歴を申し上げますと、OLからフリーの企業研修のインストラクターを経て、現在は仙台青葉学院短期大学の専任教員をしております。学校では社会学・経営学・教育学系統と様々な分野の科目を担当しており、そうした経験や立場から申しますと、どうしてもキャリア教育をしっかりやらなければならないと感じています。
キャリア教育とは、一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを目的とする教育ですが、私がこれまで学生と関わってきて強く感じたことは、金融教育をしっかり行わなければ、卒業後、学生の生活が立ち行かなくなるのではないかという危機感です。
こうした問題意識から、改めて大学における金融教育の課題を分析してみたところ、3点ほど問題があると感じています。
一点目は金融教育を実施する時期の問題です。例えば新入生の時、クレジットカードや悪徳商法に関する資料を学生に提供しますが、新入生は学生生活に慣れることで精一杯で、効果が期待できません。
二点目は長期的視点の欠如です。例えば現在、学生の二人に一人が奨学金を受けており、卒業後、返済負担を抱えることになります。このため、学生は若いうちからファイナンシャル・プランニングについて少しは頭に入れておかないと、後にハンディを負うことになりますが、この点の教育が不足しています。
三点目は教員の情報収集不足です。案外、大学の先生は世の中のことを知らないと感じています。特に、実生活に関わるところは、意外に見落としがちになっていると思っています。
以上を踏まえ、私は以下の4点をポイントにして金融教育に取り組んでいます。
一点目は、学生のスケジュールに合わせたタイミングの良い教育です。例えば、新入生が新しい生活に慣れアルバイトが盛んになる5月頃に、労働契約や最低賃金、社会保障の仕組み、アルバイトのトラブルなどについて教えると、学生がリアルに直面している問題のため効果的です。
二点目は、長期的視点に立った指導です。奨学金を返せるか、子どもを育てていけるか、長生きした場合に生活が維持できるのかなどの点から、ファイナンシャル・プランニングを考えさせるべきと思います。特に効果的な指導は、学生に、高校卒業までの費用と大学進学にかかる費用を様々な家庭構成を前提に試算し生涯収支を考えさせます。試算結果をみて驚く学生も見受けられます。
三点目は、大学の教職員間での情報共有の強化です。類似性のある科目の教員同士で情報交換するとか、就職支援センターの職員の話を聞くなどといったことを通じて、学生の状況がよりよくみえてきます。大学教員は、業務が多忙で金融教育まで関心が持てないとか、転出・転入が多く、業務のノウハウの引き継ぎが行われないことが多いのが実情です。また、実務的なことに興味が薄い方もいらっしゃいます。こうしたことも大学で金融教育が進まない理由ではないかと思います。
四点目は、専門機関の積極的活用です。私は、金融広報中央委員会など専門機関が作成した教材を積極的に活用したり、日本銀行仙台支店の見学を行ったりしています。また、本学では金融広報中央委員会に講師派遣を要請しています。
ワークショップ
ワークショップでは、長期的視点による実践的指導の一環として活用している、金融広報中央委員会の刊行物『これであなたもひとり立ち』のうち、ワーク2「私の命を育んだお金はいくら? ゆりかごから18年」と、ワーク3「受験のための経済学 いくらかかるの進学費用」について、参加者に取り組んでいただきました。
参加者からは、「自分が大学を卒業する際、どれだけの費用が掛かったのかを親から教えられ、こんなに掛かったのかと実感した経験がある。人生の節目節目において、子どもを育てるためにどれだけ掛かったかという事実を教えることも一つの金融教育ではないか」といった意見が聞かれた一方、「卒業後の就職を想定し将来の費用を学生に試算させた場合、結婚するのをやめようとか、子どもを持つのを諦めようといったネガティブな反応を強めないか」と懸念する声も聞かれました。
こうした意見を踏まえ、小形先生からは、「ワークを活用することへの賛否両論はあると思うが、学生に将来を考えさせるきっかけにはなるので、今後も様々な角度から勉強し学生を指導していきたい」とのコメントがありました。
本実践事例は、第13回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(2016年)優秀賞作品として当ホームページに掲載されています。
第13回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(2016年)
コメント
小関禮子先生より、次のようなコメントがありました。
ワークショップの参加者にも体験いただいたように、これまで自分を育てるためにどれだけのお金がかかったかを計算させると、この計算結果を基にこれから必要となる費用についても目が向きます。大学生段階ではなかなか実感しにくい部分ではありますが、これからの費用を学生に考えさせるための良い取り組みだと思います。
小形先生の実践は、金融教育の現状と課題にスポットを当て、その課題にどう対応していくのかというアプローチで取り組まれており、よく工夫された素晴らしい実践だと思いました。大学生が金融リテラシーを身につけることはますます大切になってきていますので、今後も先生方が学生たちの実態を把握し、金融教育の実施時期やその内容を工夫しつつ取り組まれていくことが期待されます。
実践発表およびワークショップ(2)
「教員養成課程における金融教育」
群馬大学教育学部 小林 陽子 准教授
実践発表
社会変化に伴って、消費も多様化しています。かつては、消費者は行政に保護される受身的な立場にありましたが、消費者の権利が尊重され、消費者教育推進法も施行された今、消費者教育の一層の推進が求められています。しかしながら、消費者関連の各種調査結果をみると、消費生活相談件数に減少傾向がみられないほか、消費者教育を受けたことがある人の割合は、なお1割程度にとどまっています。引き続き学校現場における家庭科と社会科の授業が、消費者教育の最も大切な機会であるといえます。
また、「消費者教育推進会議」の報告書や有識者の見解等を踏まえると、学校における消費者教育の問題は、指導する教員の知識、関心などが低いことにあるとのことですので、こうした課題の解決が最も重要です。
さらに、「大学等及び社会教育における消費者教育の指針」では、消費に関する基礎的・基本的な知識及び技能を習得し、消費者被害等の危機を自ら回避する能力や生活設計を行う能力を育むことが必要だとされています。
そこで、教員を目指す大学生と、中学校の家庭科を対象に生徒が関心を持って取り組める消費者教育の授業を作ってみました。狙いは、意思決定、資源管理、市民参加という消費者教育の3つの枠組みの中核にある批判的思考力を高めることです。
具体的には、話し合い活動を取り入れた授業構成としました。批判的思考力を高めるには、議論を通じて自分の価値観を形成することが大切だという先行研究を踏まえたものです。また、グループワーク後に、自分の意識がどのように変わったのかを書きとめるワークシートを準備しました。
授業全体のテーマは「わたしたちの消費生活」で、指導過程は6時間としました。1時間目が「計画的な買い物をしよう」とのテーマで、ニーズとウォンツを分類して、買い物について考えました。2時間目は「商品の選択と購入」で、価格だけでなく機能やアフターサービスも考えながら、商品を選びました。3時間目は「販売方法と支払い方法」というテーマで、選択した商品を通販で買うのか、専門店で買うのかなどを考えました。4時間目は「消費者の権利と責任」について考えました。5時間目は「消費者トラブルの解決方法」で、オンラインサービスや悪質商法への対処方法を考えました。最後の6時間目では「よりよい消費生活を目指して」として、双六「消費生活ゲーム」を作成し、取り組みました。
この6時間の授業を通して、批判的思考力の向上の度合いを計測してみました。「論理的思考への自覚」、「探究心」、「客観性」、「証拠の重視」の4つの因子を抽出し評価を計測しました。「証拠の重視」は改善しましたが、「客観性」は不変、「論理的思考への自覚」と「探究心」は下がってしまいました。改めて、粘り強く取り組むことが重要性であると実感しました。
ワークショップ
ワークショップは、中学校の教師を目指している学生の立場で、実践事例で活用した「消費生活ゲーム」を体験するというもので、家庭生活と消費に関する基礎的・基本的な知識を問うゲームを完成させたうえで、他のグループが作成したゲームに挑戦していただきました。
小林先生からは、「実践事例で紹介した『消費生活ゲーム』の設問がほぼ全て穴埋め式であったため、「知識・理解」、「技術」、「思考判断・表現」、「関心・意欲」といった4つの評価の観点のうち、最も大切な「思考判断・表現」の評価方法に大いに改善の余地があると分析しており、ワークショップでの皆さんからのアイデアを今後の改善に活かしていきたい」とのコメントがありました。
こうした中、参加者からは、「インターネット無料ゲームサイトで遊んでいたところ、間違って、課金のボタンをクリックしてしまい、サイトの運営者に電話して取り消しを伝えようとしたが、電話が通じない。あなたならどうしますか」といった具体的な設問が提案されるなど、現実に起こっていることを題材にした有意義なワークショップとなりました。
コメント
小関禮子先生より、次のようなコメントがありました。
学生の金融リテラシーを高めるためには、教師自体が金融リテラシーを持ち、金融教育の重要性を理解していなければならなりません。金融教育は、ただのお金の知識、財テクなどの話にとどまらず、最終的には人生の意思決定につながるものです。こうした点は小林先生の実践で十分に取り上げられていました。
金融広報中央委員会の「金融教育の目的を実現する上で重要な概念」では、最初に「自立」という言葉が出てきますが、小林先生の実践の最初でも自立について触れられていました。2つ目の概念は、「持続可能な社会の形成」で、3つ目の概念が「意思決定」ですが、小林先生の実践では「意思決定」に関わる内容が特に充実していました。4つ目の概念は、「お金を管理する」ことですが、そのためには、若いうちから責任感を醸成することが非常に重要です。小林先生の実践では、これらの金融教育の重要な概念が全て取り入れられており、自ら意思決定できるよう指導していると感じました。
また、計画的な買い物からはじまる6時間の授業構成の中に、「主体的・対話的で深い学び」が織り込まれており、新学習指導要領をしっかり踏まえたものとなっていました。
私はかつて10年間ほど小学校の校長を務め、3つの小学校で金融教育を実践したところ、いずれの学校でも学力が向上しました。これは、金融教育の実践により、教師の指導に関する力量がアップしたことも影響したのではないかと思っています。