2017年度 先生のための金融教育セミナー
【小学校・中学校向け】
3.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)
小学校分科会1
- 進行・コメント:
- 国士舘大学 北 俊夫 教授
実践発表およびワークショップ(1)
「市場体験型シミュレーションゲーム『Market Game』の開発と実践」(3~6年 社会)
山梨学院小学校 鈴木 崇 教諭
実践発表
山梨学院小学校は14年前に開校したばかりの若い学校で、様々な取り組みを積極的に行っています。こうした中、「ただの紙切れだけども信用の塊であるお金をどう扱うべきか」といった金融教育を各教科で融合的に取り上げていこうとしています。
市場体験型シミュレーションゲーム『Market Game』は、金融教育の中のキャリア教育の側面を取り入れた実践です。金融教育の一環として、特にアントレプレナー教育の要素が有効な手段となり得ると考え、社会科の内容に加える形で実践してきました。起業することだけでなく、新しい発想やアイディアを生み出すこともアントレプレナー精神だと考えます。また、働くことで人に喜ばれ、認められた代価としてお金をいただくという経験は、人間形成にとってかけがえのないものです。子どもたちに、「幸せの代価として働き、お金をもらうって、楽しいな、嬉しいな」という経験をしてもらうことが、『Market Game』の根幹です。
『Market Game』では、まず、グループで話し合って役割分担を決定しますが、これには重要な意味があります。ゲームを通して、一人ひとりの人間には価値があること、自分の価値や能力に気づくことで、夢を持ったり学ぶ意欲を高めたりすることに繋がります。役割が決まったら、市場のニーズに応じて商品を供給します。市場が求めているニーズをいち早くキャッチするのですが、貴重な情報は簡単に手に入るものではありません。市場のニーズはわざと掴みにくくしています。自分の足で稼いで情報を手にしてもらいたいのです。このゲームでは、情報を制すると大きな利益が上げられる仕組みになっています。さらに、ゲームの中で、金利の変化や突然の災害、買い手のニーズの変化などがニュースの形で流れます。世の中は日々変化するのだということを体感してもらいたいのです。
本校では、中・高学年でこの『Market Game』を行います。資材や模擬紙幣を使い、様々なトラブルを乗り越えながら売買を行って、徹底的にシミュレーションする中で発想力や発信力を養います。このようなお金を扱うゲームを、いきなり小学3年生で始めても上手くいきません。確りと心が養われていないまま、お金を扱ったゲームをすると、ただのお金遊びになってしまいます。そこで本校では、生活科と連携し、1・2年生から心を養う授業を行い、『Market Game』に繋げています。子どもたちが、1・2年生のうちから実際に人々の努力や苦労に触れるという経験が大切です。
『Market Game』では、イベント発生後や活動の節目ごとに、“振り返り”の時間を十分に確保するようにしています。子どもたちは、ゲームの最中、何となくさじ加減で、資材を購入したり、製品を生産したり、銀行からお金を借りたりしながら、ゲームの課題を乗り越えていきます。こうした体験を節目ごとに振り返ることで、知識やさらなる経験となって確りと身につくと考えています。
ワークショップ
市場体験型シミュレーションゲーム『Market Game』を参加者に体験していただきました。グループごとに設備や資金面などで格差がある下で、銀行でお金を借りたり、商品を生産してお金を稼ぐ体験をして、大いに盛り上がりました。参加者から「このゲームでよい成績を出せなかった場合の振り返りのポイントがあれば教えていただきたい」との質問がありました。鈴木先生は、「全員で振り返りを行い、友達のここがよかったねという他者評価でお互いを褒め合うことを時間かけて行うようにしています。また、個人を褒めることは子どもたちに任せ、グループ全体を評価することを心がけています」との回答がありました。
本実践事例は、第13回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(2016年)優秀賞作品として当ホームページに掲載されています。
第13回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(2016年)
コメント
北俊夫先生より、次のようなコメントがありました。
鈴木先生の発表から、金融教育の指導方法が見えてきたように思います。知識伝達型の学習だけでは、十分な学習効果が生まれにくい。「アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)」を取り入れることにより、子どもたちがより実感でき、学習そのものの深まりが期待できると思います。
ゲームによる実践は、体験し、楽しんで終わりということになりがちですが、鈴木先生の実践では、お金や銀行の役割といった基本的な知識を子どもたちに学ばせ、経済の仕組みに小学生なりの関心を持たせました。さらにそれを子どもたちが繰り返し体験することによって学習成果を向上させていると思います。また、「知識の習得だけでなく、批判的な思考力や問題解決能力が養われてきた」、「コミュニケーション能力といった生きる力に繋がる基礎能力が養われてきた」という報告もありました。金融教育の指導方法として、いかに学ばせるかという視点と、それを通して何を学ばせているのかという両方の視点を先生が確認した発表だったのではないかと強く感じました。
今回は、社会科での実践ということでしたが、今回の実践内容は社会科の学習指導要領に位置づけられていないため、どこでこうした学習を行うかという点については、難しい部分もあります。また、社会科の時間数には限りがあり、社会科本体を実践するだけでも時間が足りないという声も聞かれます。そこで、3年生以上の場合、総合的な学習の時間を思い切って使い、社会科と関連づけるなどして実践されるのもよいのではないかと思いました。
実践発表およびワークショップ(2)
「『白嶺銀行』に預けたお金で苗を買い、野菜を栽培して『白嶺市場』で販売しよう」
(全学年 総合的な学習の時間)
石川県立白山ろく少年自然の家 野口 理 生涯学習課専門員
(元 石川県白山市立白嶺小学校 教諭)
実践発表
白嶺小学校は、石川県内でも山間部の白山麓地域にある小・中学校併設の小規模な学校です。近隣にはスーパーが1軒しかなく、子どもたちが自分のお金で買い物をする機会は非常に少ないです。
1年目の取り組みをご紹介します。一つ目は各学年で教科と金銭教育を関連づけた試みです。カリキュラムがびっしり埋まっているので、金銭教育をどう盛り込むかが課題でしたが、1年生は国語科でお店屋さんごっこをしたり、3年生は社会科で、スーパーでの買い物体験をしました。二つ目は、PTA行事『白嶺祭』で5年生が郷土料理の『笹ずし』のお店を出店する取り組みです。家庭科の時間を使い、製造部、販売部、宣伝部に分かれて出店準備を行い、販売しました。三つ目は、学校農園と関連させた取り組みで、農園でとれた野菜を模擬市場の『白嶺市場』に売却し、受け取った代金を模擬銀行の『白嶺銀行』に預けて「預かり証」を受け取りました。
2年目は、お金と物の大切さに気づき、将来に活かしていけるように取り組みました。まずは仮想通貨『嶺』の流通です。毎年4月に、学校農園でどんな野菜を植えるかという話し合いをしますが、今年は『嶺』を使って苗を買うことからスタートしました。子どもたちは予算の制約がある中、クラスでどの苗を選ぶか話し合いました。
5月に『白嶺銀行』を開設しました。昨年受け取った「預かり証」と「払い戻し請求書」を持って行き、窓口で『嶺』を引き出す体験をしました。銀行員の仕事も、子どもたちが行いました。次に、苗を購入する『白嶺市場』を開設しました。子どもたちからは、自分たちのお金で買ったものを大切にしようとする姿勢が見受けられたほか、資金を元手にさらに増やしていくというお金の流れに目を向けた子も見られました。
夏野菜が採れ始めた7月に『白嶺市場』を開きました。『白嶺市場』の店の運営は、販売者として、どうしたらたくさん売れるかを考えながら、各クラスで協力して行います。低学年はハッピを着て、雰囲気を盛り上げる工夫をしました。高学年は、販売部、宣伝部、レシピ部、音楽部に分かれました。販売部は、野菜の大きさや品質で値段を変える工夫をし、閉店前の割引価格の設定など、消費者の心をくすぐるような販売方法を考えました。宣伝部は、目を引くようなポップやチラシを作りました。レシピ部はどんなことをするのか見守っていたところ、野菜の美味しい料理のレシピを図書館で調べ、プリントを作ってお客さんに配ったり、試食コーナーを用意したりしていました。こうして、『白嶺市場』の日を迎え、大変盛り上がりました。
これらの取り組みの成果として、子どもたちが「労働の価値」や「お金の価値」に気づき、「流通の仕組み」や「社会との繋がり」も体験することができました。今後の展望としては、「生活設計」や、自分のためだけではなく社会のために働くという大きな視点、なりたい職業に就くにはどうすればいいのかという「キャリア教育」の視点、税金や社会保障の学習から自分が社会の一員であることの自覚に繋げていければと思っています。
ワークショップ
ワークショップでは、「仮想流通体験をしよう」というテーマで、取り扱う素材(商品)や出店にあたっての工夫、この実践を自校に取り入れる際の案などをグループごとに話し合いました。素材(商品)としては、地域の特産品のほか、地元の温泉を商品化して販売することなどが、意見として挙がりました。また、目を引くようなポップやポスターを各グループで工夫しながら作成しました。指導面では、1年生から6年生までの縦割り班で学習を行う案や、お店ごとの売り上げを競うのではなく、お店同士が協力してお互いを高め合うような工夫ができないかというようなコメントも聞かれました。
コメント
北俊夫先生より、次のようなコメントがありました。
野口先生の実践は、小規模校の利点を活かし、全校で取り組んだ実践という印象を強く受けました。また、白嶺銀行でお金を預けたり、下ろしたり、借りたりして、金融機関の役割を体験させたことがポイントだったと思います。そして、苗を買うという消費者の視点、買った苗を栽培するという生産者の視点も実践の中に位置づけられていました。きちんと世話をしなければいい収穫ができませんので、労働の意味も子どもたちは体験したと思います。そして、市場で販売するという活動からは、売る側の視点で様々なことを学んだと思います。このように消費者、生産者、販売者と、まさに仕事を通じてさまざまな立場を繋げた実践と言えると思います。
実践では、仮想通貨を使用していました。実物がよいのか、仮想がよいのかという点がよく話題になりますが、最近は実物のお金を使って実践することも増えています。児童の自立を目指し、社会に繋げる金融教育という視点では、本物のお金を使って実践をより現実に近づける工夫を検討することもよいと思います。
金銭・金融教育の初めの一歩をどう踏み出すか、そのヒントを3つ申し上げます。一つ目は、子どものお金に関する実態を把握することです。お金にどう関心を持っているか、お金をどう使っているか、小遣いをどう与えられているか。もちろん、調査の狙いを保護者の方にきちんと説明して協力していただく必要があります。実態を把握すれば、そこに課題が見えてくると思います。二つ目は、金融広報中央委員会の刊行物『金融教育プログラム』における「金融教育の目標と方法」の項目をご参照いただくことです。うちの学校ではここが足りないな、ここをやってみようといったヒントが見えてくると思います。書かれていることをすべてやらなければならないと捉えるのではなく、やれるところがあったらやってみるというように使っていただければ良いと思います。三つ目は、今日のお二人の先生方の実践です。実践に含まれていた要素を自校で取り入れてみる。あるいは、今日の二つの実践の内容を、他の先生方と共有し話し合ってみることで、ヒントがみつかるのではないかと思います。