2017年度 先生のための金融教育セミナー
【小学校・中学校向け】
3.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)
中学校分科会2
- 進行・コメント:
- 山梨大学大学院総合研究部教育学域 神山 久美 准教授
実践発表およびワークショップ(1)
「進路指導とリンクさせる金融教育の在り方について~家計ゲームを通して主体的な選択を行う姿勢を育てる~」(3年 社会〈公民的分野〉)
広島県熊野町立熊野中学校 池田 優子 教諭
実践発表
昨年度、金融教育と進路指導を結びつけた授業を行いましたので、本日はその内容をご紹介します。本校生徒の多くが、通いやすい地元の高等学校や自分のやっている部活動の強豪校を選んで進学しようと考える傾向があり、「もっと視野を広げて主体的に自分の進路を選択して欲しい」と感じたことが、この授業のきっかけです。もう一つのきっかけとして、生徒の金銭感覚の希薄さが挙げられます。公民の授業の際、「高等学校への進学にかかる費用はいくらだと思うか」と質問したところ、3割の生徒が答えられませんでした。封書を郵送する際の切手代すら知らない生徒もいるなど、全般に物の値段を把握していない生徒が少なくないことが懸念されました。生徒には、将来の夢や、やりたい仕事を意識し、自分の意思で進路を選択して欲しいのです。そして、自立して生きていくためには、限られたお金をやりくりする金銭感覚を身につける必要があります。生徒に、こうしたことを促す目的で実践しているのが、本日ご紹介する「家計ゲーム」です。
このゲームを行って、単に「面白かったね」で終わらせないために、昨年度、改良を加えた点が3つあります。1点目は、ゲームで使用するイベントカードの内容を、これから学習する経済の授業内容とリンクさせたことです。例えば、円高あるいは円安による会社の業績変化や、スマートフォンでの課金トラブルなどをイベントに加えました。2点目は、ワークシートを工夫して、進路選択の視点から、どういった点にお金がかかったのか振り返りができるようにしました。3点目は、ゲームにおける「保険」の選択肢を増やし、例えば熊野町には大きな河川がないので水害補償を外すなど、生徒が自分に適した補償内容を選べるようにしました。こうした擬似体験の後、ワークシートに、進路選択の際にどのようなことが大切だと思ったかなどを記入させたところ、「進学した以上、学び続けることも大切だと思った」と書いていた生徒もみられました。
さらに、今年度は、新たな取り組みとして、租税教室を全学年で実施しました。税金の無駄を省くために自分たちは何ができるか、などを話し合ったところ、家庭や地域社会等でのお金の使われ方に興味を持つ生徒や、地域に貢献しようと主体的に進路を選択する生徒もみられました。
ワークショップ
「家計ゲーム」を参加者に体験していただいたところ、「実際に体験してみて、楽しく学びながらいろいろなことに気づくことができるよい教材」、「ゲームを進めながら、親の有難みや、金融について自然に学ぶことができる」といったコメントが聞かれました。池田先生からは、「生徒の家庭事情が様々なので、ゲームを行う際、家族構成については教師が決定するようにしている」とのアドバイスがあったほか、「生徒の実態、地域の実態に合わせて教材を作成することが大切。将来、子どもたちが自立した生活を送ることができるよう、この実践が少しでも参考になれば有難い」とのまとめがありました。
本実践事例は、第13回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(2016年)優秀賞作品として当ホームページに掲載されています。
第13回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(2016年)
コメント
神山久美先生より、次のようなコメントがありました。
池田先生の家計ゲームは、準備にかかる負担が比較的少なく、1時間で終わるので、授業に取り入れやすいと思いました。生徒がこれから学ぶ経済の授業の内容などが導入として含まれている点も素晴らしいと思います。今日、このゲームを体験していただき、様々な意見が出ました。各学校で、実態に合わせて改良を加えればさらによい教材になると思います。
ワークショップで話題にのぼったように、現在、子どもたちの貧困問題が深刻になっています。アルバイトをしないと生活が成り立たないという高校生や、健康診断で再検査が必要になっても、お金がないので受けられないという生徒もいます。生徒の食生活や健康管理面も取り入れて、家庭科と社会科の両方の視点から、この家計ゲームを発展させていくこともできると思います。
こうした教材を扱う際の留意点として、教師は、家計ゲームを通じて何を生徒に教えたいのかを常に意識して、単にゲームの勝ち負けで終わらないようフォローする必要があります。金融広報中央委員会の『これであなたもひとり立ち』には、総務省の家計調査データなど様々な参考資料が掲載されていますので、こうした資料を参考にしながら取り組んでもらえたらと思います。
実践発表およびワークショップ(2)
「身近な消費生活と環境」(2年 技術・家庭〈家庭分野〉)
福岡県中間市立中間中学校 田熊 純子 主幹教諭
実践発表
本校は、平成21年度から福岡県金融広報委員会の研究校委嘱を受けたほか、平成26年度からは中間市の研究校指定も受けて、「自ら意欲的に学ぶ生徒の育成」をテーマに金融教育と関連付けた研究を重ねてきました。本日は、私が行った授業実践、「身近な消費生活と環境」の内容をご紹介します。
この授業では、まず、生徒にとって身近な筆箱内の文具に着目させ、個々の文具の必要性について生徒に考えさせました。個々の文具について、学習に不可欠なもの(Needs)なのか、単に欲しかっただけのもの(Wants)なのかを分類する作業を通じて、生徒は、商品を購入する際に大切なことについて考え、主体的に授業に参加しました。
次に、特徴の異なる「4つのシャンプー」(安い、有名人をCMに起用、環境に配慮、高価で高級感)を生徒に提示してその1つを選択させ、生徒をグループ分けして、同質の立場あるいは異質の立場で意見交換をさせました。その結果、生徒は、商品を選択する際、価格面、嗜好・話題性、環境面などさまざまな視点から多面的に考え、購入することを学んでいきました。
こうした学びを経て、次に取り組んだのが、インターネット通信販売を擬似体験する授業です。本校の技術科教員が作った架空のサイトを使って、文具を扱う複数のショッピングサイトの中から、生徒に商品を選ばせ、実際に注文画面からその商品を注文させました。注文を受けて、実際にノートや消しゴムなどの商品が生徒の元に届きます。しかし、期待どおりの商品が届く生徒がいる一方、違うサイズの商品が届いたり、注文後にサイトが閉鎖されて商品が届かないなど、予め設定された様々なトラブルに巻き込まれる生徒もいます。こうした擬似体験の後、生徒をグループ分けして、「商品が届かなかったのはなぜか」、「きちんと商品が届いた生徒はどんなことに気をつけたのか」などを探らせて、グループごとに発表させました。
以上のような実践を通して、生徒は、望ましい消費生活について考えることができ、金銭管理についての意識も高めることができました。このほか、社会科での金融教育の実践を通して、経済活動の意義や、金融の仕組みと社会的役割について理解を深めたり、特別支援学級の自立活動の授業を通して、お金を使う際に必要なコミュニケーションを図ることができました。今後の課題としては、金融の視点で自己の進路や将来設計について考える授業を実施していくことなどが挙げられます。
ワークショップ
参加者の先生方に中間中学校の授業で使用したインターネット通販の擬似サイトを体験していただきました。擬似サイトの出来栄えに驚く声が聞かれたほか、「消しゴムを買っただけなのに、送料や手数料を含めると合計1,500円もかかっていたことに後から気づいた」、「通信販売はクーリング・オフの対象外ではあるが、この学習からクーリング・オフや契約の学習に繋げることもできるのではないか」などの意見が聞かれました。
コメント
神山久美先生より、次のようなコメントがありました。
田熊先生の実践は、物事を多角的に検討し、論理的・客観的に理解する「クリティカル・シンキング」の力を伸ばす機会を生徒に与える、素晴らしいものであったと思います。自分の価値観で何かを選ぶことができることももちろん大切ですが、クラスには自分とは違う価値観で何かを選ぶ子が必ずいます。生徒たちに意見交流をさせることは、自分の価値観を洗い直す、あるいは「クリティカル・シンキング」を磨くとてもいい手段になります。こうした活動は、学校教育だからこそ可能なことですので、ぜひ学校教育において「クリティカル・シンキング」の力を伸ばす機会をたくさん作っていただきたいと思います。