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金融教育に関する実践報告コンクール

「金融教育を考える」第1回小論文コンクール(平成16年)

過疎地域における金融教育実践事例

優秀賞

山口県・長門高等学校: 吉田 栄次郎

本校のある長門市は、本州最南端の山口県の山陰に位置している。年々、少子高齢化が著しくなり、私が本校に赴任した21年前に比べ、全校生徒数も960人から280人に大幅に減少してきており、市自体も人口の減少が止まらず、過疎化が着実に進行している状態である。

高齢化率は、長門大津地区で30%まで進んでおり、これから団塊の世代の方々が、65歳を迎えられる10年後に、財政的にも耐えられるのかどうかのシミュレーションも、先延ばしすることなく、しっかりした数値を打ち出した対策をとることが必要である。

私が本校の生徒たちに求めていることは、必要なデータは自分の足を使い、直接現地に行き、調査するという姿勢である。その現地調査に行く前の事前調査は、当然、資料を取り寄せたり、インターネットで調べる情報検索の指導をするが、現地取材で質問するために資料の収集をやらせると、教員サイドが想定していた以上の情報収集をしてくれ、驚くことがある。

また、私自身の社会科教員としての基本的教育信念として、自分たちの町づくりは、自分たちで説得力のある意見を出せるほどの人材・人財養成を図りたいと心掛けて日々の教育実践にあたっている。人に任せるのではなく自分たちで、知恵を出し合いながら町づくりに参与していくことのできる生徒・若者を造り、人口は少なくとも生き生きとした魅力ある町にしたい。

私の社会科の授業は2時間続き<年度初めに教務で調整>であり、年間に数回、フィールドワーク<現地調査>をやらせている。平成16年度と17年度の2年間は、金融教育研究校として、特に金融関係を中心にフィールドワークをとり入れている。

現在すでに、長門税務署、長門ハローワーク、長門簡易裁判所を実施しており、これから、証券会社、銀行関係、農協関係のフィールドワークをとり入れていきたいと思っている。

何よりも簡易裁判所の現場取材でわかったことであるが、訴訟原因で、ダントツとも言える理由が、多重債務問題であり、この傾向は、都会も田舎も関係ないということである。学校教育において、体系的にきっちりとした金銭教育、消費者教育がなされていないために、自殺問題を含め、犯罪行為など大きな社会問題にまで発展してきているということを全ての社会人がもっと真剣に認識する必要があるということを痛感している。

また、昨今話題になっている「オレオレ詐欺」も、今年9月はじめ、本校の生徒の家族が犠牲になりかけた事例がある。マスコミ等では、何度も報道されているはずであるが、まさか自分はかかるまい、自分とは直接関係ないことだと他人事のように考えていると、新しい手口の犯行で迫ってくるので、ついつい基本的なことを忘れ、罠に嵌ってしまいがちである。幸い、本校の事例は、途中で警察との連絡がつき、金銭の払込をせずに済まされたのであるが、このような事件には、都会も田舎も関係なく、発生していることを忘れてはならない。かえって、犯人にとっては、田舎の方がこれからは、犯行がやりやすいのかもしれない。私たち現場の教員は、このような事例を教科書に沿ってやっていたのでは、決して生徒に伝えてやることは出来ない。一つの犯罪事例を通しながら、そこに普遍性を帯びた形で生徒に分かりやすく教授するだけの知識と分析力、そして研究心が必要である。

犯罪の本質を見抜きながら、人間がお金に如何に脆く弱い者なのかの本質論まで深読みしつつ、生徒に、物事の本質に迫る教材を示してやらなければならない。

さて、これまでの学校の授業の基本は、一斉授業方式であったが、これからの時代では、この手法のみでは既に通用しない時代にきている。

今私たちに、求められていることは、「勉強」から「学び」への転換ということではあるまいか。「勉強」は、日本の学校文化を端的に表現する象徴的な言葉である。「勉強」という言葉には、もともと「学習」という意味はなかったらしい。

中国語の「勉強」という言葉は「無理をすること」、「無理があること」を意味している。我が国でも明治20年頃までは、それ以上の意味はなかった。商人が値引きをするときに「勉強しておきます」という用法である。この「勉強」という言葉が「学習」を意味する用法に転じたのは、「無理」な学習が「無理」を超えて普及したからである。最初は学校における強制的な学習や受験勉強を揶揄する意味で用いられていたが、この言葉はやがて「学習」を意味する日常用語として定着している。

しかし、勉強の時代はすでに終わりを遂げている。勉強が子どもたちの競争を駆り立てた時代、勉強によってほとんどの子どもたちが親よりも高い教育歴と社会的地位を獲得することが出来た時代であった。

現在は、むしろほとんどの子どもが勉強によって挫折を体験する時代に突入している。勉強を拒否する子どもが増え、勉強への意欲が衰退しているのは、その結果である。その一方で、生涯学習の社会を迎え、学びの必要性と重要性はますます増大している。勉強から学びへの転換がはかられなければならない。

勉強によって支配されてきた教室の文化を、学びを中心とする文化に再構築するためには、次の3つの壁を克服する必要がある。

第1は、これまでの勉強が無媒介的な活動であった点である。学びは道具や他者によって媒介された活動であるのに対して、勉強は座学であり、モノや他者によって媒介されず、暗記と定着という脳のシナプスの結合に終始する活動である。モノと対話し他者と対話する活動を学びの実践において組織すべきである。

第2は、これまでの勉強が個人主義的な活動であった点である。「自学自習」や「自己学習」が理想化されて語られることが示すように、勉強の個人主義は人々の意識に深く浸透している。勉強においては、誰の力も借りずに一人で問題を解決するのが最も良いと考えられがちである。それに対して、学びは、他者との交わりを通して遂行され、個と個の差異の擦り合せを通して達成される営みである。

21世紀の社会が、多様な人々が共存し共生し合う社会であるとするならば、他者のアイデアを積極的に受け入れ、自らのアイデアも惜しみなく提供し合う事が、学びの営みの基本にすえられる必要がある。勉強文化の個人主義は、学びへの転換において、個と個の擦り合わせの中で学び合う「協同的な学び」と「互恵的な学び」へと脱皮しなければならない。

第3は、勉強や知識や技能をひたすら獲得し蓄積する活動であった点である。学びにおいては、知識や技能を表現し分かち合う活動へと発展し、その表現と分かち合いのなかで自らの分かり方を吟味する反省的な思考が追求されるべきである。

学びを中心とする授業の改革は、教室のコミュニケーションの変革を基礎として遂行される。まさに、金銭教育・金融教育においては、勉強ではなく、学習、すなわち、座学ではなく、ワークショップ<参加型学習>によって、我々教師がうまく、ファシリテートしてやることができれば、生徒が生き生きと学べる教材である。

人生は、最終的には自己責任である。自分の命であり、自分の人生である。その自分の命を最大限に生きるためには、長期的な目標と計画がいる。そのためには、それを支える資金が必要不可欠である。そのことを考えさせることが、金融教育の最大のポイントであると私は確信し、生徒たちに、フィールドワーク・ワークショップという学習手法を用いて、知識の伝達だけでなく、自分で情報を集め、自分の頭でものを考えていく習慣をつけさせたいと思っている。

少子高齢化の著しい地域で共に学習している生徒に、毎年「高齢者の意識調査」と「年金の基礎知識について」のアンケートを実施している。

本校の生徒は、田舎で優しい性格の生徒が多く、お年寄りに対して、大変、いたわりの感情をもっており、老後の心配等も真剣に考えてくれていることがデータから読み取れる。

ただ、年金・社会保障制度に対して、年々批判も厳しくなってきているのが現実で、この度の年金改革法案や社会保険庁の対応についても、新聞やテレビの報道から、厳しい意見を持っている生徒がほとんどである。ただ、私として、次のステップとして、「では、どうすればいいのか」という問題提起をし、生徒たちが自分の国の制度について真剣に考えてくれるような指導をしていかなければなと思っている。指導者である私も、生徒と同じように批判ばかりしていても決して、年金制度が良くなるわけではなく、その対策を各国と比較させながら、考えさせていく指導をするように心掛けている。

また、特に、本校の商業科の生徒は、地元への就職を希望し、親と一緒に暮らしたいと思いつつも、就労場所が地元にないために、親元を離れ都会に出て働かないといけないという問題もあり、社会保険料を中心とした問題に関しては、より時間をかけた具体的な指導をしなければならない。

何よりも高卒で就職した場合、現実の数値は、半数以上が、1年以内に職場を去っている。フリーターという仕事の大変さも金融教育の立場からしっかりと事前教育をしておくことが特に昨今大切な卒業前教育の一つである。また、ここ数年、キャリアガイダンスということが盛んに教育界では言われているが、これも金融教育を抜きにしては十分ではない。日本の金銭文化として、お金のことを言うのは、はしたないと言う風土があるが、これも教育において、一つ一つクリアーさせながら、昇華させていく必要があるのであろう。

イギリスの政治家のリットンが、「金銭のことを軽率に処するなかれ、金銭は品行である」という名言をはいている。お金は、人間の一生に常に伴うものであり、衣食住にとってただ必要なものではなく、人間のあり方、生き方に大きく影響を与えるものである。今まで、私たち学校教育者は、あまりにも、お金の教育を物質面だけに光を当てすぎ、その本質まで見据える教育をしてこなかった反省をしなければならない。

物質的に豊かな社会を迎えている日本において、本当の意味での豊かさを迎えるためには、お金の持つ本質について、今こそ、社会全体が真剣に考えてみる必要があるのではなかろうか。

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