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金融教育に関する実践報告コンクール

「金融教育を考える」第1回小論文コンクール(平成16年)

高校「現代社会」で多重債務問題をどう教えるか-私の提言-

優秀賞

熊本県・熊本県立松橋高等学校:三島 俊英

はじめに

平成15年の自殺者は最悪の34,427人(*1)となった。負債や事業不振、生活苦などの「経済・生活問題」が動機とみられる自殺者も初めて8,000人を越え、8,897人(*1)と過去最悪になった。その数は交通事故死者7,702人(*2)をもはるかに上回っている。とても、自殺は自己責任の問題などと済ませることは出来ない。これはもう、経済的弱者の生存を奪う、深刻な社会病理としか言いようがない。

アウシュビッツ強制収容所で奇跡的に生き残った、精神科医のV.E.フランクルは「何故生きるかを知っている者は、殆んどあらゆる如何に生きるか、に耐えるのだ」というニーチェの言葉を引用しつつ、「待っている仕事、あるいは待っている愛する人間、に対してもっている責任を意識した人間は、彼の生命を放棄することが決してできないのである」(*3)という。

しかし、自殺者の遺書や借金苦の人たちの手記(*4)を読むと、現在の日本では、多重債務という精神的「強制収容所」の中で、家族を愛するがゆえに、自らの命を捨てる多数の人々がいるのである。この不条理は許せない。

上原専禄は「そのような死者たちとの、幾層にもいりくんだ構造における共闘なしには、執拗で頑強なこの世の政治悪・社会悪の超克は多分不可能であるだろう」(*5)と言ったが、幾多の多重債務による犠牲者の苦悩と死もまた、無駄だったのではない。それどころか、日本を真に人間らしい社会とする礎となるにちがいない。いや、そうしなければならない。そんな思いで、この提言を書いている。

1. 待ち望まれていた、高校生向け教材

熊本県でも多重債務問題は深刻である。平成14年度の県消費者生活相談の概要によれば、サラ金・クレジット問題の相談は全ての世代で第1位であり、全相談件数3,246件中26.3%を占めている。自己破産申し立て件数も4,633件となり、高校中退者数のおよそ3倍となっている。

平成15年には、72歳の老女がヤミ金の支払に追われ、強盗に入るという痛ましい事件もおきている。「経済・生活苦」による自殺者件数は179人にのぼった。この年の12月には、熊本県および県金融広報委員会の主催で、「地域の教育課題としての多重債務多発県・熊本を考える」という、教師向けの研修会も開かれている。

私は1980年代から、「政治・経済」と「現代社会」の授業で多重債務問題をとりあげてきた。そのころから利用してきたのが、1985年に発行された、頒価300円の消費者教育副読本刊行会編「きみはリッチ?」(*6)である。随分、利用させて頂いた。

最初の頁には「ある春の日の夕方、4人の家族が東京荒川の河川敷に駐車中の乗用車の中で心中しました。死を前に、両親は小学生の2人の子どものために東京ディズニーランドに行き1日遊ばせました。1984年(昭和59年)1年に借金を苦にして自殺した人1,182人(一日あたり3.23人)」(*6)と書かれている。それから20年後の現在、経済・生活苦で自殺した人は、1日24人となっている。

グリーンスパンFRB議長は、「金融に関する消費者教育は……また、多重債務者の発生を防止し、消費者の合理的な生活設計を可能にすることを通じて経済的な豊かさを最大化する」(*7)と述べている。だとすれば、日本における金融に関する消費者教育は、極めて不十分と言わざるを得ない。

新学習指導要領下の「現代社会」の教科書では、消費者問題の記述はどれも2頁である。多重債務問題はもっとも長い記述で4行であり、中には全くふれていない教科書もある。

こんな時に金融広報中央委員会から発行された、とても活用しやすい高校生用教材が「きみはリッチ?―多重債務に陥らないために―」(*8)である。クレジットカードや利息、契約、保証などの社会生活上の基本的な知識から、多重債務問題の解決策まで43頁にわたり、わかりやすく解説してある。また、指導書(*9)も優れている。

(*1)警察庁生活安全局地域課「平成15年中における自殺の概要資料」(2004年7月)
(*2)警察庁交通局「平成15年中の交通事故の発生状況」(2004年2月)
(*3)V.E.フランクル著「夜と霧」ドイツ強制収容所の体験記録(みすず書房 1977年)
(*4)全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会編集「借金苦 私はこうして解放された」(全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会 2002年)
(*5)上原專祿著 上原弘江「上原專祿著作集第16巻 死者・生者―日蓮認識への発想と視点―」(評論社 1988年)
(*6)消費者教育副読本刊行会「きみはリッチ?」(1985年)
(*7)金融広報中央委員会「金融に関する消費者教育の推進に当たっての指針(2002)」
(*8)金融広報中央委員会「きみはリッチ?―多重債務に陥らないために―」
(*9)金融広報中央委員会「きみはリッチ?―多重債務に陥らないために―指導書」

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