2015年度 先生のための金融教育セミナー
【小学校・中学校向け】
4.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)/中学校分科会1
- 進行・コメント:
- 国立教育政策研究所 大杉 昭英 初等中等教育研究部長
実践発表およびワークショップ(1)
「中学生に起業家精神を養い育てるための授業実践~地域人材の活用から見える経済分野においての社会参画~」
埼玉県春日部市立中野中学校 小谷 勇人 教諭
実践発表
日本の創業率は5.2パーセントと、世界でワースト5です。日本人に起業という選択肢がないのは、周囲の理解がない、ビジネスチャンスが思いつかない、行動に移らない、成功の自信がない、などの理由があると思います。起業が選択肢になっていくためには、リスクを減らしていくこと、成功する自信や自己有用感を高めていくことが必要だと考えていますが、そのためにどんな方法があるのかというのが本日の実践発表の内容です。
最初に生徒の実態把握をするためにアンケート調査を実施しました。その結果、「経済は難しい」、「自分には関係ない」という回答が目立ったことから、生徒が主体的に経済学習に取り組む手立てが必要と考え、「中学校から会社を作ろう」という、18時間の起業学習を設けました。まず、社会参画の視点を取り入れ、問題把握、問題分析、意思決定、提案、参加の順で、単元を分析しました。また、地域社会で活躍する機関と連携し、講演会などを開催しました。さらに、総合的な学習の時間とリンクさせ、対立と合意、効率と公正の社会的な見方や考え方で課題に迫ることを考えるとともに、公益価値、私益価値について学びました。
授業の形としては、時間の半分は知識や概念、技能を習得し、残りの半分で、自分の会社だった場合を考えさせるようにし、これを繰り返しました。そして、利益を生み出すための手立てについて考えさせ、資金が足りない場合には、架空の銀行を作って、融資を行えるようにしました。続いて、会社が上げた利益を分析し、経済活動の意味や意義を考えさせました。この18時間を通して、会社が利益を出して存続していくための運営方法について解き明かしていきました。
生徒たちは授業外でも商品の製作や、仕入れなどを行い、利益を上げるための会議や、他社との情報合戦なども行っていました。その結果、経済のニュースについて興味を持つようになったほか、経済分野の勉強の有用性やお金を扱うことについての思いに変化が見られるなど、良好な結果が得られました。また、会社がお金儲けをする場所であるかという問いに対しては、さまざまな価値観が対立するという課題が確認できました。
生徒の感想文を見ると、「資本金の重大さを痛感した」、「経済は気まぐれであり、怖い」、「会社運営計画の重要性を感じた」、「経済を身近に感じることができた」、「新聞を読むようになった」、「材料の購入のコストや、相手のことを考えた値段設定の必要性を感じた」などが書かれていました。
考察としては、経済をより身近に感じることができ、生徒に主体性を持たせた実践ができたと思います。特に、社長を経験した生徒は、経済に関する生きた知識や技能が身に付き、定期テストの結果も良くなりました。しかし、公益価値と私益価値の概念で全体を見ることができたかどうかは少々疑問です。課題や問いというものが一番大事だということに行き着きました。
ワークショップ
先生方には、それぞれの勤務校周辺の環境や生徒の実態を踏まえた会社を作り、販売する商品と、利益を上げる方法を考えていただきました。それをグループの中で発表していただき、一番良かったプレゼンテーションの内容を選び、それを書き出していただきました。さらに、それについて話し合い、面白い企画を考えていただきました。そして、グループの中で、社長、部長、広報担当などを決め、最後に広報担当の方に、自分の会社のPRをしていただきました。各グループから、それぞれの特産品や地場産業を用いた様々な商品が紹介され、クーポンによる割引、ネット販売、ゆるキャラを使った売り込みなど、利益を上げるための様々な方法が挙げられました。
本実践事例は、第11回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(2014年)特賞作品として当ホームページに掲載されています。
第11回金融教育に関する小論文・実践報告コンクール(2014年)
コメント
大杉 昭英先生より、次のようなコメントがありました。
このようなゲーム的、シミュレーション的な起業という実践から、ルイズ・アームストロングの「レモンをお金にかえる法」という本を思い出しました。それは、希少性とか、市場といった概念をレモネードを作って売るという物語で学ぶようになっています。関心のある方はお読みいただければと思います。
東京のある中学校では、授業で起業の企画書を作り、実際に地域の銀行の融資窓口の担当の方と面談を行い、駄目出しを受けて書き直していくような実践を行っています。また、ある高校では、クラスで100円ずつ出資して株主になり、会社を興し、それを弁護士や会計士などの仕事をしている保護者が審査員になって判定し、高い得点のチームには、実際にそこで商品開発した物を文化祭で販売するといったことも行っています。新しい教育課程の検討の中でも、グローバル社会にチャレンジしていく人材の育成が重要視されています。このように、経済や金融の知識を学び、融資担当者を説得することは、いろいろな社会の人たちを説得することにもなりますので、生徒たちには、ぜひ、そのような力を付けていただきたいと思います。
実践発表およびワークショップ(2)
「くらしと経済~円高・円安の意味と生活への影響について考えよう~」
福岡県飯塚市立庄内中学校 松本 宗太 教諭
実践発表
飯塚市内には10校の中学校があり、社会科を担当する先生方が集まって、中学校教科教育研究会社会科部会という組織を持ち、様々な研究を進めています。本日は、本部会で私が研究と公開授業を行った「くらしと経済-円高・円安の意味と生活への影響について考えよう」について発表します。
単元の目標として「為替相場の動きが日本企業の輸出入や暮らしに及ぼす影響について、ニュースや海外旅行など身近な事例から考えようとする」、「円高・円安と輸入・輸出の関係をとらえ、説明することができる」、本時の主眼として「疑似的な買い物を通して、円高・円安といった為替相場の変動が、自分たちの暮らしや経済に及ぼす影響について説明することができる」ことを掲げました。
最初に、授業の導入で行ったのは、「世界各国の紙幣を見てみよう」として「これ千円札です」、「これドルです」、「これユーロです」と言って、それぞれの紙幣を黒板に貼って興味や関心を惹こうとしました。次に、ワークシートに今日の為替相場を書かせました。その後、生徒が身近に感じている企業が商品の値上げを行うといった内容のニュース動画を見せました。値上げの背景は円安の進行による輸入原材料価格の高騰です。また、円安傾向等により日本を訪れる外国人旅行者が大幅に増加していることを取り上げた動画を流しました。何れもキーワードとして「円安」という言葉が出ていたことを強調し、円高・円安と輸入・輸出の関係を捉え、為替相場の動きが暮らしに及ぼす影響について考えさせました。
生徒の円高、円安についての正答率は40パーセントに満たない中で考えた工夫が「コーラマン」と「100円マン」の登場です。コーラや紙幣を模したイラストを使いました。1ドルの「コーラマン」を「100円マン」が「倒す」という概念を導入し、1ドル100円のときは「100円マン」1人で倒せる、1ドル200円のときは「100円マン」が2人掛かりでなければ倒せない。この場合、1人で倒せるときのほうが強い、つまり価値が高い、イコール円高という形で理解させていきました。
次に、アメリカで自動車を売る場合を考えました。1ドル100円のときと1ドル200円のときに、自動車が実際に何ドルになるかを計算させ、自分がアメリカ人だった場合を考えさせたところ、円安ならば安く買えるということが理解できました。
次に、海外旅行をするという想定で、疑似的に買い物をさせました。グループごとに旅行者と海外商店とに分け、それぞれ異なる金額の疑似紙幣を渡して同じ1000ドルの商品を買い、日本円が幾ら掛かったかを書き出させ、円高のほうが海外旅行に有利であるということが理解できました。
まとめとして、売り買いを輸出、輸入に置き換え、円安は輸出に有利であること、円高は輸入に有利であることが理解できました。最後に、生徒に感想を書かせ、後でそれを集約し、授業を終えました。
ワークショップ
実際に疑似的な買い物を先生方に行っていただきました。全体を9グループに分け、3グループずつ、それぞれ商店班、旅行者班、両替班に分けました。旅行者班がそれぞれ模擬紙幣を両替班に持って行き、両替班が指定されたレートでドルに替え、それを商店班に持って行き、買い物をしていただきました。なお、買い物の結果が異なるように交換レートは班ごとに変えました。そして、商店班には売上高を、両替班には為替レートを書き出していただきました。また、旅行者班には、買った品物を貼り出していただき、円高、円安の場合に、買える品物の数がどれだけ変わってくるかを視覚的に確認していただきました。最後に、情報交換の時間を設け、円高、円安についての授業の取り組みへの工夫について意見交換を行いました。
コメント
大杉 昭英先生より、次のようなコメントがありました。
円高と円安というのは本当に生徒が理解するのが難しく、このことは国立教育政策研究所がかつて行った調査でも実証されています。先生方もご苦労されていると思います。今回の実践発表では、様々なニュースを子供たちに見せて、実生活に結び付いたところから授業をされていて、社会生活に役立つ学習という意味では、非常に有意義な取り組みだと思います。こうしたことについて先生方も努力されて、為替に関する教え方について、さらに改善を図っていっていただければと思います。