2016年度 先生のための金融教育セミナー
【高等学校・大学向け】
3.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)/大学分科会
- 進行・コメント:
- 東京大学大学院経済学研究科 松島 斉 教授
実践発表およびワークショップ(1)
「連携講座『金融と生活設計』開講の取り組み」
青山学院大学 亀坂 安紀子 教授
実践発表
青山学院大学での連携講座について報告します。青山学院大学は金融教育に力を入れてきた大学です。学生は金融機関への就職希望が強く、金融の知識を身につけることに強い関心があります。この講座は教養教育科目として開講しており、金融について学ぶ絶好の機会となっています。経済・経営系の学生のほか、フランス文学科、日本文学科、理系など、様々な学部の学生が出席し、喜んで受講しています。
私自身は金融が専門で、証券投資論を担当しています。授業では専門性の高い内容も教え、ゼミでは学生をいろいろなコンテストに参加させています。以前から「社会人として身につけるべき一般的な金融経済知識に関する教育が手薄になっている」と思っていましたので、この連携講座のお話があったとき、是非お願いしたいと考えました。講座名は『金融と生活設計』で、4月から7月にわたり全15回、水曜2限に開講しました。
講座には開講初年度から定員の100名を超える履修希望があり、抽選になりました。金融広報中央委員会がコーディネートし、オムニバス形式でいろいろな金融関係団体等の方が講師として来て下さっています。学生の反応は非常にポジティブで、アンケートでも「社会に出てから実際に役立つ知識やスキルが身についた」、「自分にかかった教育費を知り、親のありがたみを痛感した」、「女性の働き方についての考えが変わった」といった声が寄せられています。
講義は、金融庁の「金融リテラシーとは何か。なぜ重要なのか」から始まりました。金融広報中央委員会からは「人生とお金」、「お金を稼ぐ」、「お金と経済」とのテーマで、大学卒業までにかかるお金、奨学金、働き方による給与の違い、お金の機能、単利と複利など。日本FP協会からはライフプランや資金計画の作成、改善の工夫について。全国銀行協会は「お金を借りる」とのテーマでクレジットカードや住宅ローンなど。日本証券業協会と投資信託協会からは「お金をふやす」とのテーマで、投資の意義、分散・長期投資、投資信託など。「トラブルに強くなる」とのテーマでは生命保険文化センター、日本損害保険協会、消費生活センターから、生命保険、損害保険、金融トラブルに関する講義がありました。学生に考えさせるため、グループ討論をさせたり、発表させたり、レポートを提出させたりと、工夫された講義でした。
ワークショップ
まず、講師が実際にゼミで行っている「コンテスト活用による金融教育」について説明がありました。コンテストに参加させることにより、学生が「自ら情報を収集し、分析する」、「チームで議論し、チームワークを学びながら、付加価値を生み出す」との実践的な教育が可能となっていると紹介されました。
その上でワークショップでは、「これから社会に出ていく学生が、これからの社会で必要とされる人材となるには、どのような能力を身につけさせたらいいのか。そのような能力を身につけさせるためには、どのようなワークを与えればいいのか」をテーマとしました。
3グループに分かれ、「学生にどのような能力を身につけてもらいたいのか」、「それらを身につけるにはどのようなワークをさせればよいのか」、「コンテストを役立てるとして、もし自由にコンテストを企画できるとしたら、どのようなコンテストにすべきか」の順に議論しました。議論した内容についてキーワードを使ってまとめた後、代表者が発表しました。
発表の際のキーワードとしては、「時間と空間。過去から未来に」、「コミュニケーション能力」、「社会人基礎力」が挙がりました。各グループとも、ワークの進め方について具体的に立案していました。また、コンテストを企画する際の学生へのインセンティブの与え方についても言及していました。
コメント
松島先生からは次のようなコメントがありました。
私も学生や社会人向けに金融の話をしますが、一番感じるのは、「経験がないことはピンとこない」ということです。例えば、学生だと20歳になっても親に金を出してもらって学校に行っている。社会人は、将来のことや年金のことを考えていない。退職金をもらう頃になっても、これまでお金の運用のことを考えたことがない、などです。
体験を通して感覚的にわかっていれば、「概念」を教えられたときに、「ああ、わかった」となります。たとえば算数や数学では、「距離」について扱いますが、子どもは小さいころから感覚的に、体験的に、距離がどれくらい離れているかについてわかっている面があります。
金融教育についていえば、たとえば「契約」の概念について理解するためには、例えば友だちと交渉する、協調する、評価する、信用する、といったことを経験しておく方が理解しやすい。幼稚園から小学校、中学校、高校の間に、ステップを踏んで、このようなことを体験させておくことが重要です。日本の教育ではここがあまりできていないと思います。
亀坂先生の青山学院大学での実践発表で、生活設計や金融に関する金融広報中央委員会などによる連携講座が、「全学部に向け、教養課程の中で実施されている」という点が非常に重要です。「金融教育は、経済学部生のためのみにあらず」です。私の所属する東京大学では、それができていません。「しなくてもわかっている」ということではありません。たとえば就職する際に、働くことについて非常に乏しいイメージしか持っていなかったりします。学生がキャリアに対するビジョンを持っていないことに私も危機感を持っています。来年度は、キャリアをステップアップしていくための戦略とライフプランを学生に考えさせるような授業を、全学向けに行うことを検討しています。
今日のワークショップは、すごく面白く、盛り上がりました。ただ、コンテストのデザインについては、議論は盛り上がるまでには至りませんでした。米国の中等教育で、「良い成績をとった人にはお金をあげる」との実験をしたことがあります。これにより、できない学生の成績が大きく伸びる現象がみられました。一方で、中くらいの人の成績が落ちるという現象もみられました。「私は賞金をもらうために勉強したいのではない。自分の生き方とは違う」と言う人も出てきます。経済学では、このような“デザインの失敗”について研究されています。ぜひよいデザインを検討され、よい成果が上がる教育をお願いします。
実践発表およびワークショップ(2)
「教員養成課程における金融教育」
前帝京大学大学院教職研究科 小関 禮子 教授
実践発表
帝京大学で3月までは教職大学院教員、4月からは教育学部初等教育学科で非常勤講師をしています。教員養成課程の学生の指導に当たり、「教科指導法 家庭科」の中で金融教育に取り組んだ実践の報告をします。学生に対する金融教育を行いつつ、将来授業をするときに取り上げていける内容を扱いたいと考えました。
家庭科は小学校の5・6年生が学習します。授業時間は5年生は年間60時間、6年生は55時間しかありません。その中で具体的にどのように金融教育を行うことができるのかを考えました。
金融教育は、現在の学習指導要領に入っています。内容A(家庭生活と家族)、B(日常の食事と調理の基礎)、C(快適な衣服とすまい)、D(身近な消費生活と環境)のうちDです。「身の回りの生活における物や金銭の計画的な使い方や物の選び方、買い方。物の使い方の工夫など、環境に配慮した生活」と記されています。消費者教育、金融教育に関する内容です。内容Dは新しく入ったため、指導事例も少ない状態です。しかし、全国小学校家庭科教育研究会の保護者アンケートでは、家庭科で重視してほしい内容として「お金や物の使い方」が挙がっています。
そこで、内容Dについて「模擬授業」を計画してもらうことにしました。子どもの実態把握をし、実態の中から課題を見つけ、グループで授業を組み立てていく、との流れです。
まず、自分たちが受けたお金に関する教育について思い出したうえで、大学生としてお金について学びたいことを記述してもらいました。次に、お金や物に対する子どもたちの問題はどんなことだと思うか、書いてもらいました。この後で、子どもの実態観察に入りました。2週間、たとえば店先、アルバイト先、電車の中など、身近なところで小学生の観察を行いました。観察後に、何が問題かについて改めて記してもらいました。観察によって、お金のありがたみが分かっていない、親がなんでも買い与えているなど、具体的な問題がこんなにもあるということがわかりました。
そのうえで、「お金について子どもに考えさせたいこと、学ばせたいことは何か」を書いてもらいました。「お金は、仕事をしている親の尊い苦労の末に得られるものだ」を筆頭に、多くの内容が挙がりました。意思決定力の育成の大切さも確認しました。
指導計画を作成するうえで前提となる内容(学習指導要領、金融広報中央委員会の冊子)を押さえたうえで、「取り組みたい課題」に基づいて7つのグループに分かれ、指導計画を作成しました。
挙がった課題は、「お金の大切さ」「計画的な買い物」「商品の選び方」「地球に優しい暮らし」「環境を考えた物の扱い」「買い物のしかた」「SNSに注意しよう」です。それぞれ、紙芝居を作ったり、漫画を描いたり、実物を使って授業する、ロールプレーをするなど、工夫した計画を作りました。どのグループも教材を使いながら、まず子どもたちに考えさせることに重点を置いた指導案となりました。
ワークショップ
先生方に、学生になったつもりで、「小学生を想定して、お金にかかわる授業の構想を立てる」との課題に取り組んでいただきました。
まず、「物やお金にかかわり、子どもたちの生活を考えて、問題だと思うことは何か」、次に「教師として、子どもに物やお金に関する事柄を指導するとしたら、どんなことを重点に取り上げていくか」を記していただいたうえで、グループ単位で具体的な授業の構想を作っていただきました。
以下のようなグループ発表がありました。
「便利さとその裏側」をキーワードとして、スマホ、100円均一、コンビニエンスストアなど、便利な一方で金銭感覚を鈍らせるものについて、全面禁止ではなく、「ここまではOK。ここを超えたらダメ」といった判断力をつけさせる授業。
「少数の友だちグループの友だちのしるし(サイン、アイデンティティ)として物を持つ」といった最近の風潮を踏まえ、健全な金銭感覚を持ち、主体的に判断して計画的にお金を使っていくことを身に付けさせる授業。
「親の金をあてにして、欲しいものをすぐに買ってくれと親にねだる」「買ってもらうときは親がネット販売で注文するだけで、自分の財布から現金が出ていくわけではない」といった状況を踏まえ、本当に欲しいものや自分にとって必要なものは何かを考え、小遣い帳をつけてお金が減っていく感覚を体験し、予算の範囲内でしか買い物はできないことを理解させる授業。
コメント
松島先生からは次のようなコメントがありました。
小学生の子どもの中で、給食費が払えない、小遣いももらえない、との現実がある。そのような場合の指導についてどう考えたらよいでしょうか。給食費が払えない友だちがいた場合、普通の子どもは見て見ぬふりをすることになってしまうかもしれません。そこで、「じゃあ、みんなで給食費を払いましょう」と言っても、話はそう簡単ではありません。子どもは判断できないような現実を突き付けられています。そのとき、子どもは、もしかしたら非常に抽象的に、「こういう風に困っている人をまず優先的に助けなければいけない」という感覚を持っているかもしれないのです。
金銭教育をあまり型にはめた形でやると、こういう感覚が壊れてしまうことを恐れます。金融教育プログラムをすばらしく書いても、実際の問題とは距離が起こるだろうと感じます。この点を教育の現場で意識しておいて欲しいと思います。
次に、小関先生のお話の全体に関してです。金融教育が大きく出てくるのは比較的最近のことです。対象年齢も低くなっています。小学生が対象となっていますし、幼稚園も入るかもしれません。そこで重要なことは、教育関係者も含め、多くの人が「子どもの金融の問題、子どもの問題、子どものこと」を、「よく知る」ということです。
「よく知る」には2つあります。1つは「よく観察をする」ということ。教職にいると子どもと触れる機会があり、これは効果があります。もう1つ重要なのは「統計」です。子どもの実態について全国的な統計データをとり、比較・分析して、子どもがどういう傾向にあるのか理解していく。このようなことを研究する人を育てていくべきと思います。研究する人と教育現場の人が協力して、場合によっては地域ごとに金融教育のプログラムを作り、独自性を競わせるべきだと思います。その効果がどのような形で現れたのかを教育活動にフィードバックする。現場の人、研究者、金融広報中央委員会や政府・金融庁などが協力してこのような仕組みを作り、持続させていくのがよいと思います。