2016年度 先生のための金融教育セミナー
【高等学校・大学向け】
3.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)/高等学校分科会1
- 進行・コメント:
- 国立教育政策研究所 大杉 昭英 初等中等教育研究部長
実践発表およびワークショップ(1)
「経済の変化をとらえる方法を学び、日本経済の現実を知る
~現実の経済社会を知り、経済活動のあり方を考える手立てとする~」
東京都立西高等学校 篠田 健一郎 指導教諭
実践発表
最初に都立西高等学校の紹介をします。西高は進学校で、「現代社会」が1年生で必修として置かれ、3年生で「倫理」と「政治・経済」が選択で置かれています。1年生の「現代社会」では、1.生徒が世の中を見る目、2.生徒が自分自身を見る目、3.自分が世の中からどう見られているかという目、この3つの観点で授業を進めます。結果的には、キャリア教育と同じです。自分たちがどう生きるかということを考えていく方法として、生徒同士で話し合いができる、生徒と先生で言葉のやりとりができる、このような状況を取り入れながら社会科学を学ぶ基礎を作るという認識で授業を進めています。
1年間の授業を振り返ってみると、4月の段階で「私たちの生きる社会」について勉強してから経済について学びました。この間、卒業生による教育実習もありました。4月の最初の授業では、5人1組のグループを作って中学校まで勉強してきたことを整理し、教科書、資料集を見て報告させるという方法をとりました。経済については、最初に、経済学の考え方についてがっちりと教え、家計や企業、政府、経済主体の話や、市場経済、財政、金融等に関する話をして、インフレやデフレの概念を取り入れ、国民所得統計、経済の変化で成長と循環の話、そして第2次世界大戦後の日本経済の歩みというように授業を進めていきました。9月に労働、社会保障、10月に国際経済を学んでから政治分野に入ります。並行して、授業の冒頭、3分間スピーチを取り入れ、1回の授業で2人ずつ、持ち時間3分で計6分間、発表をさせました。1年間の授業を振り返ると、自分たちで軌道修正しながら、新たに知識を得て、皆で議論する中で思索が深まっていくのがわかりました。
実際に、『金融教育プログラム』にも掲載されている「インフレ・デフレ」の授業では、教員が一方的に論理を生徒に押しつけないで、生徒があたかも自分たちの発想で説明できたと思わせるようにしました。生徒が主体的に学んでいく姿を見ることは、私たち教員にとっては大変もどかしい時間かもしれませんが、生徒が自分の言葉で意見を交換したり、考えたりしていく姿をひたすら忍の一字で見守っていくことが大切です。
ワークショップ
先生方に、生徒の気持ちになって授業の疑似体験をしていただきました。1.物価が上下する要因の具体例、2.第2次世界大戦後の日本経済の実例で一番わかりやすい事例、3.日本がデフレからの脱出を目指して緩やかなインフレ政策をとっていると仮定して、そのインフレ傾向をもう少し進めるための有効な政策、という3つの課題について、話し合い、グループごとに発表していただきました。授業を一方的な説明で終わらせず、2、3分でも授業中に考えさせることによって、年間50回位考える機会が得られます。これを続けるとメモをとる習慣や、他人の意見を自分と比較する習慣ができ、自ずと生徒の視野が広がり、多面的、多角的に考える力がつくことがわかりました。
コメント
大杉昭英先生より、次のようなコメントがありました。
篠田先生の実践報告では、実際の授業でとても戦略的な指導をしている様子がわかります。生徒が入学してから卒業するまでの間にシチズンシップに関する能力をどこまで育てるか、ということをきちんと考えた指導をされています。また、ワークショップでは、インフレ要因の仮説を各グループから報告した後、実際にそれを検証していただきました。本当にそういうことがあり得るのかということの検証はとても大切です。こうした検証を踏まえた上で判断をしてくださいというように、3段階に分けた戦略的な授業をつくっているように感じました。
実践発表およびワークショップ(2)
「人生の『リスク』に対するセーフティネット!
~幸福をシェアする『社会保障制度』について考えよう~」
昭和音楽大学・短期大学部 梶ヶ谷 穣 非常勤講師
実践発表
私は、昨年まで神奈川県の海老名高校で「現代社会」や「政治・経済」を担当、またそれ以前には厚木高校などに勤務していました。現在は、音楽大学で社会教育計画という科目を担当しています。
今日、先生方にお話させていただくテーマは、「人生の『リスク』に対するセーフティネット!」、副題が「幸福をシェアする『社会保障制度』」です。特に「シェアする」という言葉がポイントです。これはいわゆる共助、社会保険というキーワードにつながります。まず1番目には社会保障を取り巻く現在の状況、2番目に、社会保険は保険であるということ。そして持続可能な安定した公的年金制度、その公的年金制度を含めた社会保障制度、この順番で話をします。最初に、社会保障を取り巻く現在の状況ですが、老後破産、下流老人、家族難民、隠れ貧困等々、暗いタイトルの書物が店頭に並んでいますが、これらは要するに格差や貧困の問題です。消えた年金問題、あるいは情報流出、最近のGPIFの5兆円の運用損など、年金や社会保障について世間の関心が高まっている中で、生徒に社会保障について説明することになりますが、単に社会保障の部分だけの狭い分野に限定して生徒に学習させることは問題があるでしょう。
そして貯蓄と保険の違いを説明し、社会保険は、公的医療保険も年金保険も、保険であり積み立ての貯蓄ではないということ、まずはこれをしっかりと生徒に把握させます。年金制度については、どの教科書でも紙面を割いて説明があり、よく出てくるのが、賦課方式と積立方式です。現在日本でとられているのは賦課方式で、現役世代の保険料を高齢者に仕送るという方式です。また、定年制なども年金の問題に大きく絡みます。年金制度についての問題点、改善策で若い人ができることは何かというと、年金の保険料を未納しないこと、社会保障や年金について勉強すること、きちんと年金の手続きなどについて届け出をするということなどです。さらに、社会保障や年金以外に労働の問題等にも関連させて幅広くその問題や課題を把握し追求し考えていくことが重要です。
現在、日本年金機構が教員OBによる年金セミナーを実施しています。年金については、賦課方式か積立方式かなどや、さらに基礎年金の財源は税方式か社会保険方式かなどのいろいろな議論がありますが、できる限り正確な情報を生徒に伝え、理解・把握させ、そして考察させたいと思います。
ワークショップ
「人生の『リスク』に対するセーフティネット」というテーマで、「医療保険についてどうしたら保険財政をプラスにできるか」、「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の担当者だったら株と債券のどちらにウェイトをかけて運用するか」、「年金制度を持続させるためにとれる改善策や行動」についてグループで議論・意見交換をしていただきました。年金制度の改善策として、給付減か、年金保険料の負担増をするという意見が多くあった一方、高齢者には農業をしてもらうといったユニークな意見も出されました。また、若い人ができることとして、年金の仕組みをしっかり理解するとか、若い人の納付率を上げるといった意見もありました。
コメント
大杉昭英先生より、次のようなコメントがありました。
年齢層によって受けとめ方が違うだろうと思うのですが、私どもの年齢になると梶ヶ谷先生のお話は興味津々で、退職金はこのくらいかとか、社会保険はそういうものかとか、年金はどうなるのだろうということに関心を持って聞いていました。
先生方のお手元にある『金融教育プログラム』の中に生活設計、あるいは事故、災害、病気などへの備えとして、年金、社会保険を含めた社会保障制度についての記述がありますので、授業で使うときに大きなポイントになろうかと思います。我々はリスク無しでは生きていけないので、リスクに対するセーフティネットは是非とも必要です。