2016年度 先生のための金融教育セミナー
【高等学校・大学向け】
3.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)/高等学校分科会3
- 進行・コメント:
- 富山県総合教育センター企画調整部 谷内 祥訓 企画課長
実践発表およびワークショップ(1)
「簿記で磨け!『投資センス』」
神奈川県立小田原総合ビジネス高等学校 勝山 光仁 教諭
実践発表
簿記の授業は商業高校で必ず行われていますが、その簿記の授業で投資教育をしてみたのが本日の実践例です。まず生徒に、お金の使い方は「浪費」、「消費」、「投資」の3つに分かれること、「浪費」は自分の支払った分よりも受け取る価値が少ない場合、「消費」は自分が支払った分の価値を受け取ることができる使い方であり、「投資」は支払った以上の価値が期待できる使い方であると説明します。コンビニエンスストアに友達と行き、何となくお菓子を買ってしまうことは「浪費」、検定のための問題集代は、自分の価値を高めていくのであれば「投資」、使わなければ「浪費」、携帯の基本料金は利用する上で必要なものですので「消費」という具合です。
ワークシートには、生徒にとって身の回りにあるなじみの深い会社30社を挙げています(30社は、地元の企業や授業で説明しやすい先を取り上げています)。この中で、どこの会社が投資上手なのかを、トップスリー、ワーストスリーを純利益と資産の関係からROAを算出して探り出させます。計算したROAを発表させながら、個々の企業に関して最近報道されたニュースを話すと、利益率が高い背景、マイナスとなっている理由などに生徒が納得したりします。
こうした作業の後、経営のプロが一生懸命働いても利益を5%出すのは難しいということを伝え、日常生活でも投資した分の5%以上の利益が出るよう心がけるようにと生徒に話しています。授業のまとめで、自分の持っている資源は何か、どのように使っていくと投資になるか、どうやったらリターンが生まれる使い方になるかを数字を意識して考えさせ、ワークシートに書かせます。簿記の授業は1年生で行いますので、高校生活の3年間で5%の利益が出たと言えるように、しっかり楽しんで充実した生活を過ごしてほしいと思っています。
ワークショップ
ワークショップでは、「この実践をよくするための工夫や展開」、「投資教育につなげていく場合の方法」をテーマにグループ毎に議論・意見交換をして、その後発表しました。「具体的な実践であることから生徒が興味を持って取り組める」、「対象とする企業を絞っていることから生徒が取り組みやすい実践である」といった評価に加え、「(投資の効果を)判断する指標がROAのみである」、「投資であれば、単年度だけでは判断ができないので時間軸も考慮すべき」といった改善点も挙げられました。「商業科ではなく、総合的な学習の時間でも取り組むことができる」、「経済や金融の勉強をする生徒たちにとって意欲が高められる学習である」、「明日にでも授業にすぐ使えそうな内容である」といった意見も寄せられました。
コメント
谷内祥訓企画課長より、次のようなコメントがありました。
金融教育は、商業高校だけでなく、特別支援学校での自立活動や職場体験など、様々な学びの中で幅広く行うことができ、関連があります。また、実践活動を通じて社会を知ることは、生徒が自分自身を知ることにもつながります。学校での教科指導や実践活動の中で、金融教育につながるところはないか、アンテナを高くしてみてください。また、高校生は意外と言葉の意味を理解していない面があります。用語を生徒に噛み砕いて説明することや、言葉の意味を生徒目線で考えさせることは、とても大切だと思います。
勝山先生が指導しておられるのは、生徒の生活に結びつけた具体的なもので、将来の生徒自身の生活に返ってくるものです。限られた時間をどのように過ごすかが、自立心の育成につながるわけです。これは、金融教育の中では、「生活設計・家計管理の分野」や「キャリア教育の分野」にあたります。また、「限られた時間」を、資源の希少性、トレード・オフ、機会費用の概念を踏まえて理解させることも大切です。指導の際には、生徒の生活事例と関連させて考えさせることがポイントです。
実践発表およびワークショップ(2)
「『リスクとコスト』から考えるキャリア教育の在り方」
千葉県立泉高等学校(元 千葉県立柏井高等学校) 福田 修一 教諭
実践発表
私は現在、千葉県立泉高等学校に所属していますが、本日は平成25~26年度に柏井高校に勤務していたときの研究活動を報告します。同校では推薦入試やAO入試を利用する生徒が多数であり、その際には小論文が必須となっていることから、キャリア実現のための具体策として、抽象的な概念や言葉を身につけることが小論文の力を伸ばすことにつながるのではないかと考えたところです。抽象的な概念としてリスクとコストという言葉を選定し、どのような実践によって習得可能か、進路を実現する上で必要な文章力向上に有益かどうかの検証を行いました。検証の方法は、事前と事後のアンケートで言葉の認知度と正誤問題の正答率を比較するというものです。研究の対象は1学年の生徒です。
1年目は、事前アンケートにおいて、リスクについてある程度わかっている生徒は多かったのですが、コストを説明できる生徒は少なかったです。総合的な学習の時間に、いろいろなツールを利用してリスク、コストといった言葉に触れさせ、それを活用するような取り組みを行いました。しかし、事後アンケートでも効果があったと言えるような結果とはなりませんでした。
2年目は、生徒個人の変化が測定できるようにIDを付与したり、数学や世界史など取り入れることが可能な授業で積極的に扱ってもらったりしました。また、毎年行っている文化祭では、お金を扱う6団体に対して課題を与え、価格設定などについて事前・事後の指導を行いました。活動後、「物を売る上でリスクとコストは常に考えなければならない」、「全てを売ったから利益を出せるわけではないと改めてわかった」といった感想が寄せられました。全体の事後アンケートでは、リスクは変わりませんでしたが、コストについては説明できる生徒が増加しました。
研究の結果、抽象的な概念の習得には体験学習的な要素が有効なのではないかと思います。また、抽象概念の習得と小論文の作成能力を結びつけるには、総合的な学習の時間のみでは圧倒的に時間が足りませんが、そうは言っても知識習得型の授業よりも、アクティブ・ラーニング的な要素を取り入れた、体験的な学習を通した学びの方が生徒の理解が高まるというのがこの実践で辿り着いた結論です。
ワークショップ
最初に金融教育の4つの領域(生活設計・家計管理、金融や経済の仕組み、消費生活・金融トラブル防止、キャリア教育)の中で、研究テーマとして取り上げられる内容について意見交換をしました。
次に、文化祭の模擬店にあった牛丼屋を例にして、材料費・売上・収益を各自で計算して、リスクとコストを生徒に把握させるワークを実際に行ってもらいました。最後に、このワークについての感想を話し合ってグループ毎に発表しました。損益分岐点を考えさせる、コスト管理を行わせる、上級生になったら利益を認識させるというような発展的な工夫が提示されたほか、「普通高校でリスクやコストに狙いを絞って文化祭で取り組んだのは素晴らしい」との感想が出されました。
コメント
谷内祥訓企画課長より、次のようなコメントがありました。
身近な教材を活用して金融教育を実践されています。ワークシートは生徒にわかりやすくイメージできるような「問いかけ」になっており、工夫されています。抽象的な概念を具体化するために、教材や「問いかけ」を通して指導することは有効です。リスクとコストをどう考えていくかは、その概念の意味を生徒に考えさせて導くといった指導上の工夫なくしては成り立ちません。
小論文指導は、大学入試への対策など、不可欠なものとして重視されていますが、物事を深く捉えて考える姿勢は、その後の人生においても、職業生活においても重要です。キャリア教育は生徒の全人的な成長を促すもので、職業観や勤労観を育むことにつながります。福田先生が紹介されたような生徒のつぶやきや感想については、他の生徒にも紹介して生徒同士で共有すると、生徒の新たな気づきや発見につながり、学びが深まります。
また、今回の模擬店のような販売実習では、売り上げた金額に気をとられがちですが、ある学校では、現金過不足が生じたことを反省会で取り上げました。金銭管理に対する厳しさを生徒たちにしっかりと認識させることも大切です。