金融広報中央委員会委員・若田部日本銀行副総裁コラム
第3回 18歳までに学ぶべきは信頼からなる人間社会の仕組みとリスク
初心者・一般向け
タグ(キーワード)
- 成年年齢
- 契約
- 金融リテラシー
4月1日から、成年年齢がこれまでの20歳から18歳に引き下げられました。
成年とは、簡単にいえば「1人で契約をすることができる年齢」、「父母の親権に服さなくなる年齢」です。
例えば、親の同意なくして契約ができたり、住む場所や仕事を自分の意思で決めることができたりします。
一方で、18、19歳については事件を起こした場合について一定の厳罰化が図られます。
また、民法には「未成年者取消権」の規定があり、これまで19歳までは、親の同意がない契約については事後的に取り消すことができました。
消費生活センターには、20歳になった方から契約についての相談が急増していたということで、今般の成年年齢引下げに伴い、被害者の若年化を懸念する声が上がっています。
|
- 政府広報オンラインHP「18歳から”大人”に!成年年齢引下げで変わること、変わらないこと。」を基に作成
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201808/2.html
成年年齢の引下げは、人の権利の拡充なので、基本的に良いことです。しかし、権利には責任が伴います。人を騙すいわゆる詐欺行為についても、できる限り自衛しないといけません。
それにしても、なぜ人は騙されるのでしょうか?
ジャーナリストのマリア・コニコヴァは、歴史上有名な詐欺行為について詳細に調べたことがあります( 『The Confidence Game:信頼と説得の心理学』ダイレクト出版、2019年)。
その結論は、「人は何かを信じたい動物だ」ということにつきます。まさに信頼こそは、人の強みです。
経済学者のポール・シーブライトは、見知らぬ他人を信頼することを学んだがゆえに、人類が取引や契約を発見し、分業と専門化を進めて文明を構築し、経済と生活水準を飛躍的に向上させることができたとしています(『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?:ヒトの進化から見た経済学』みすず書房、2014年)。
人が騙されるという弱みは、人の強みと表裏一体の関係にあるともいえます。
では、騙されないためには何をすればよいのでしょうか?
先にご紹介したコニコヴァは、騙されないためには、「絶対に動じない自意識を持つこと」を挙げています。
もっとも、若者に限らず人は誰もが、自分の容姿や能力、将来への不安を抱えています。
また、逆に自分だけは大丈夫という思い込みは、詐欺師に付け込まれる隙を生みます。
そこで騙されないために現実的に必要なのは「知識」です。
具体的には、詐欺の一般的な手口、解約するために必要なクーリング・オフや法律相談の仕組み、そして金融リテラシーなどを学ぶと良いでしょう。
今、中学、高校修了時には社会で生活するのに必要な「社会制度教育」を導入しようという考え方があり、そうした教育の中に組み込むのも一案です。
その教育では、 枝葉末節ではなく、まずは基本─「人間は騙されやすい」ということ─を学ぶべきでしょう。
ただし、大事なのはその理由も併せて学ぶことです。
「人間社会は信頼から成り立っている」ことを学ばないと、いたずらに不安を抱くばかりで、せっかくの成年年齢引下げの意義が薄れてしまいます。
まず基本を押さえたうえで、契約とは何か、経済とは何かを実生活で遭遇する事例に即して学ぶべきでしょう。
本コンテンツは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」Vol.60 2022年春号(2022年(令和4年)4月発刊)から転載しています。
広報誌「くらし塾 きんゆう塾」目次