金融広報中央委員会委員・若田部日本銀行副総裁コラム
第2回 「72の法則」:数学は所得倍増と資産形成に役立つ
初心者・一般向け
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一時期、令和版所得倍増という言葉が使われました。
所得倍増といえば、当時の池田勇人首相が、1960年12月27日に閣議決定した国民所得倍増計画が思い起こされます。
経済を平均7%で成長させ10年間で国民所得を倍増しようというこの計画には、非現実的という批判が多数寄せられました。
現実には、日本経済は年平均10%の成長率で成長し、国民所得はほぼ7年間で倍増しました。
今日の日本があるのは、所得倍増計画と高度成長のおかげです(香西泰『高度成長の時代:現代日本経済史ノート』<日経ビジネス人文庫、2001年>、吉川洋『高度成長:日本を変えた6000日』<中公文庫、2012年> )。
ここで「72の法則」という数式を覚えておくと便利です。これを使うと、何かの大きさが倍になるのに、年間どれくらいの率で大きくなると何年かかるかが簡単に計算できます。
例えば、先の数字でいえば、72を7%で割ると約10年、10%で割ると約7年というわけです。
この数字を見て、何か変だな、と思いませんでしょうか?例えば、成長率10%を考えてみましょう。
経済が倍になるというのは、経済の大きさが例えば100から200へと、100%増加することです。では、なぜ答えは100%を10%で割る10年にならないのでしょうか?
その答えは、複利です。複利とは、利子にも利子が付くということです。
最初100の大きさの経済が、年率10%で成長すると、次の年には110になります。これがさらに年率10%で成長すると、経済の大きさはどうなるでしょうか?
120でしょうか?いえ、121です。ここまでは、違いは大きくありません。
ですが、その次の年には133、4年目には146、5年目には161と、だんだんと増え方が加速していきます。この違いは利子にも利子が付くことから生じるのです。
利回り(r) | 複利 | (参考)単利※ |
---|---|---|
1% | 72年 | 100年 |
2% | 36年 | 50年 |
3% | 24年 | 33年 |
5% | 14年 | 20年 |
7% | 10年 | 14年 |
10% | 7年 | 10年 |
- 単利は、最初の元本部分にのみ利息が発生するもの。
この複利の考え方は、資産形成にとってきわめて大事です。
というのも、複利の考え方が、今の資産を倍に増やしたいときにどうすればよいかの大切なヒントを教えてくれるからです。
金融資産形成に複利の力を利用するには、何よりもまず長く保有することが必要です。
いわば時間を味方に付けるのです。そのためには、若いうちから積み立てておくことが望ましいです。
次に、途中でできるだけ取り崩したり減らさないことが大事です。必要に応じて取り崩すのはやむを得ませんが、取引を頻繁に行うと手数料がかかり、その分減ってしまうことに注意しましょう。
ちなみに、江戸時代には商人も武士も複利計算を学んでいました。商売や契約に必要だったからです。
明治以降でも小学校の算術教育で教えられていました。それが紆余曲折を経て、1941年には小学校のカリキュラムから消えてしまいます。
実をいうと、所得倍増計画と高度成長の時代を牽引したのは、小学校で複利を習った最後の世代でした。
国民の中に所得倍増の数学を理解できた人が相当数いたのです(横山和輝「小学校算術における金融教育:歴史的パースペクティブ」名古屋市立大学経済学会ディスカッション・ペーパー、2019年)。
日本の高度成長は人々が複利を理解していたからでしょうか?
金融リテラシーの意義がさらに増している現在、生活に必要な知識として再び複利を小学校で学んでもよいかもしれもません。
本コンテンツは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」Vol.59 2022年冬号(2022年(令和4年)1月発刊)から転載しています。
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