金融広報中央委員会委員・若田部日本銀行副総裁コラム
第1回 「人生100年時代」に必要な「賢くお金を使うこと」
初心者・一般向け
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- 有形資産と無形資産
「人生100年時代」という言葉が普通に使われるようになりました。
そのきっかけとなったのは、わが国でもベストセラーになったリンダ・グラットン、アンドリュー・スコット『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』 (東洋経済新報社、2016年)でしょう。
実際、人類は長生きをするようになり、平均寿命の延長は今でも続いています。
この新型コロナウイルス感染症の影響下でも、こと日本に関する限りは平均寿命の延長が続いています。
2021年7月30日に厚生労働省が発表した「簡易生命表」によると、2020年の日本人男性の平均寿命は81.64年、女性の平均寿命は87.74年となり、前年より男性は0.22年、女性は0.30年上回っています。
こうした平均寿命の延長には、所得の向上や栄養状況の改善だけでなく、予防接種などの公衆衛生上の革新が大きく貢献してきました。
人間は何歳まで生きられるかについては、科学者の間でも議論がありますが、これから先、平均寿命が100歳を超える時代がやってくる可能性はかなり高いといえます。
ただ、わが国では「人生100年時代」という言葉は、金融投資のススメの枕詞として使われすぎているように感じます。
長い老後の生活を支えるためにはこれまで以上に金融資産が必要で、そうした投資は早くから始めなくてはならない、と。
確かに、グラットンらも、有形資産の蓄積と金融リテラシーの大切さを指摘しています。けれども、この本の大事なメッセージは、金融資産は数多くある資産のごく一部で、全体としての資産を増やすことを強調しているところにあります。
彼らによれば、資産は、不動産や金融資産などの有形資産と、無形資産に分けられます。
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このうち、今後は無形資産の役割がさらに増していきます。
というのも、人生100年時代では、20代までで教育を終えて、定年まで仕事をし、定年後は引退する、という人生の3ステージ・モデルから、教育と仕事と休憩が多様な順番でやってくるマルチステージ・モデルになっていくからです。
例えば、大学を出た後で世界を旅して人的ネットワークを形成したり、仕事を経験したうえで大学院教育を受けたり、仕事の途中で長い休暇を挟むといった生き方です。
そうした世界では、仕事で成功するための生産性資産だけでなく、長く健康に生きるための活力資産、そして何よりも新しい環境に応じて自分を変えていくための変身資産が必要になります。
最近、経済的自立と早期退職を標榜するFIRE(Financial Independence, Retire Early)という言葉が流行しています。
ただ、金融面での独立は大事ですが、早期に引退するのは、3ステージ・モデル的です。
むしろ、途中で勉強や休息・休暇を挟みながら、長い人生をできるだけ長く楽しむことが求められています。
無形資産を増やすための投資は、蓄財というときにイメージする「お金を貯める」というよりは、「お金を使う」ことです。
知識の向上、健康の維持、人間関係の構築には「お金を使う」必要がある、というのが大事です。
もちろん、「お金を使う」のにも、「お金を貯める」ことと同じく、あるいはそれ以上にリテラシーが必要です。「賢くお金を貯めて、賢くお金を使う」。
これこそが「人生100年時代」に必要なことでしょう。
本コンテンツは、金融広報中央委員会発行の広報誌「くらし塾 きんゆう塾」Vol.58 2021年秋号(2021年(令和3年)10月発刊)から転載しています。
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