先生のための金融教育セミナー
2013年度 教員のための金融教育セミナー
1.来賓講話/パネルディスカッション
(1) 来賓講話
「新学習指導要領における金融教育」
文部科学省初等中等教育局 塩見 みづ枝 教育課程課長
本年6月に閣議決定された第2期教育振興基本計画では、変化が激しく先を見通しにくい社会の中で、今後5年間を見通して教育はどうあるべきかを考えた際のキーワードとして、自立・協働・創造の三つを提示しました。この計画の中に、基本施策の一つとして、消費生活等の学習機会の充実を促進することが盛り込まれており、これは学校教育だけでなく生涯にわたる課題だと考えています。
すでに各学校段階で実施されている新学習指導要領では、これまでの学習指導要領の理念を継承し、「生きる力」を育成していくことが理念として掲げられています。先ほど申し上げた自立・協働・創造の力の基盤となるのが、この「生きる力」であろうと考えています。新学習指導要領では、環境教育、キャリア教育、食育、消費者教育、情報教育、安全教育といった、社会との関わりを重視した教育を充実させています。金融に関する教育の記述についても、小学校社会科での「価格や費用」、中学校技術・家庭科(家庭的分野)での「消費者の基本的な権利と責任」、高等学校公民科での「金融制度や資金の流れの変化」、同家庭科での「生涯を見通した生活における経済の管理や計画」等、多くの箇所で充実を図っています。
また、平成24年12月に施行された「消費者教育の推進に関する法律」において、学校教育における消費者教育の充実が盛り込まれており、本年6月に閣議決定された「消費者教育の推進に関する基本的な方針」の中でも、金融経済教育に言及されています。
このように、金融教育や消費者教育の重要性が認識されつつある中で、文部科学省では、学校教育における消費者教育の充実のための施策として、消費者庁や国民生活センター、消費者行政担当部局といった様々な関係者のお力も借りながら、調査研究事業等を行っているほか、消費者教育フェスタの開催等を通じて消費者教育の更なる推進を図っています。また、学校支援地域本部の取り組みの中で、金融教育や消費者教育に詳しい方にゲストティーチャーとして授業に入っていただく例も出てきています。
また、社会の力を借りて教育を充実させたいという学校のニーズと、実際に社会が提供できる支援をマッチングさせてより良い教育活動を実現することができるよう、「子どもと社会の架け橋となるポータルサイト」を設けていますので、こちらもぜひ活用していただきたいと思います。
金融広報中央委員会のアンケート調査で、「あなたは、学校教育の中で金融に関する教育を受けましたか」という質問に対し、「受けた」あるいは「受けたと思うがよく覚えていない」と答えた方の合計が24%でした。これまでの学校教育の中でも、金融に関する教育は行われてきたと思いますが、大多数の方にとって印象に残っていない理由の一つとして、自分の学んでいることが生活や人生とどう関わりがあるのかという点に関する教育が十分に行われていないということがあるのではないかと感じます。児童生徒一人一人が、自分が生きていくことと学んでいることの関わりをしっかりと認識することができるような教育を、ぜひ皆様にお願いしたいと考えています。
金融庁総務企画局 古澤 知之 政策課長 代理
大野 仁 課長補佐
文部科学省の塩見課長のお話にもありましたとおり、新しい学習指導要領では、金融経済教育に関する内容の充実が図られています。金融庁では、学校段階における金融経済教育について、生活スキルとしての金融リテラシーの向上に力を入れていく観点から、今後、家庭科における家計管理や生活設計といった教育に注力し、充実させる必要があると考えています。他方、金融の仕組みや働き、金融経済情勢に関する知識を習得することも引き続き重要です。そのため、社会科、公民科、家庭科の先生方の間で、適切な役割分担や連携の下、学校段階における金融経済教育の推進が図られることを期待しています。
本年4月に公表した金融経済教育研究会報告書では、知識の普及に加え、行動面を重視しているほか、最低限習得すべき金融リテラシーとして、4分野15項目に整理しています。また、報告書で指摘された課題に取組むため、金融広報中央委員会事務局に金融経済教育推進会議を設置し、最低限習得すべき金融リテラシーの具体化や、年代別にどのような順序で教えるべきかについて、検討しています。
消費者教育を総合的、一体的に推進することを目的とした「消費者教育の推進に関する法律」が昨年12月に施行されました。金融庁では、金融経済教育は消費者教育の重要な要素であると考えており、学校段階での取組みにおいても、消費者教育と金融経済教育が連携して行われることを期待しています。
金融に関する昨今の問題として、投資ファンドを利用した投資詐欺事件や多重債務に関する問題、奨学金制度を利用する方の増加に伴う滞納問題等があります。こうしたことに対応するためにも金融経済教育の推進は非常に重要です。学校段階から金融経済教育に取組むことで、児童、生徒、学生が、今後、社会人として経済的に自立していくうえで重要な要素である家計管理や生活設計の習慣化、必要な場合のアドバイスの活用等を身に付けていくことができると考えています。
消費者庁 長谷川 秀司 消費生活情報課長 代理
足立 充 課長補佐
文部科学省の塩見課長、金融庁の大野課長補佐からのお話にもありましたとおり、昨年8月に「消費者教育の推進に関する法律」が成立し、12月に施行されました。この法律は、知識を習得して適切な行動に結び付ける実践的能力を育むことなどを基本的理念としています。また、この法律に基づき本年6月に閣議決定された「消費者教育の推進に関する基本的な方針」において、金融経済教育は、自立した消費生活を営む上で必要不可欠であり、消費者教育の重要な要素であることから、金融経済教育の内容を消費者教育の内容に盛り込むとともに、金融経済教育と連携した消費者教育を推進することが重要であるとしています。
この法律および基本方針を貫く概念として、連携という概念があります。ともすると縦割りになりがちであることに留意し、相互に連携して行っていこうとする考え方です。誰がどこに住んでいても、生涯を通じて様々な場面で消費者教育を受けることができる社会を目指し、国も地方公共団体も消費者教育を推進していきます。学校の教育現場においても連携してこうした取り組みを推進して頂きたいと考えています。
消費者教育は非常に幅広い教育です。消費者の自立を支援するために行われる消費生活に関する教育、これに準ずる啓発も意味しています。主体的に消費者市民社会の形成に参画することの重要性について理解や関心を持たせる教育も含むとされています。
消費者庁でも、消費者教育に関する様々な施策を行っております。その一環として、様々な教材や取り組みを掲載した消費者教育ポータルサイトを立ち上げているほか、児童・生徒向けの教材も作成しています。皆様方にも、こうしたサイトや教材をご活用頂き、児童、生徒に生きる力を身に付けさせるため、消費者教育にもぜひご尽力頂きたいと思っています。
(2) パネルディスカッション
「学校における金融教育の推進に向けて ~消費者教育推進法の施行を踏まえて~」
- パネリスト
- 東京大学大学院 経済学研究科 教授 松井 彰彦 氏
帝塚山学院大学 人間科学部 教授 工藤 文三 氏
東京家政学院大学 現代生活学部 教授 上村 協子 氏
横浜国立大学 教育人間科学部 教授 西村 隆男 氏
- コーディネーター
- 金融広報中央委員会事務局 金融教育プラザリーダー 岡崎 竜子
まず、「消費者教育の推進に関する法律」(消費者教育推進法)の施行にみられる消費者教育推進の流れと、リーマンショックを契機とする金融経済教育推進の流れについて、二つの関係や学校教育現場への影響について伺いました。西村氏は、「国内において消費者教育の重要性は以前から指摘されていたが、近年の金融と消費生活の激変が消費者教育推進法の制定を後押ししたこと、それと同時に、サブプライムローンの問題を踏まえて国際的にも金融リテラシー教育の重要性が指摘されたこと、この二つの流れを受けて、私たちが消費者として金融を学び教えていく必要性が明確に認識されるようになったのではないか」と述べられました。上村氏は、「学校現場においてはすでに法教育や国際理解教育などが求められてきたところであり、消費者教育推進法が成立した際にも、さらに消費者教育が加わることへの不安があったと聞いている。しかし、その後、今まで行われてきた教育に消費者教育、金融教育という電流を流して活性化し、それらを統合していけばいいという理解が広がってきたと認識している。そうした意味で、若者のひとり立ちが難しくなっている時代に、自立・協働・創造を通じて持続可能な社会を作っていくために、皆様にぜひ金融教育、消費者教育の推進役になって頂きたい」と述べられました。工藤氏は、「消費者教育推進法に消費者市民社会という言葉が繰り返し出てきており、消費者の自立や主体性が今まで以上に問われている。学校現場においても、児童生徒が主体的に自分の生活をコントロールする力を養う教育が重視されており、消費者教育、金融教育の推進を通じてそうしたパラダイムの転換が進んでいるのではないか」と述べられました。
続いて、先生方が大学で学生と接しておられる中で、金銭管理や消費者行動の面で「少し心配だな」と思われたご経験について伺いました。松井氏は、市場では何をするのも自由だと考えている学生が見受けられる点を挙げ、「そうではなくて、市場とは人と人のつながりの延長なんだということを、高校までに教えることができればよいと思う」と述べられました。工藤氏は、経済情勢が厳しい中で、家庭の事情等で学費を払えずに退学してしまう学生が少なからずいることに触れ、「そうした事情からアルバイトをせざるを得ない学生が、卒業までのスケジュールを含めてトータルにバランスよく自分の生活を管理できるようになってほしい」と述べられました。上村氏は、かつて日本では親が子どもに生き方を様々な形で伝えてきたが、現代ではそうした伝承が難しくなってきている点を挙げ、「親世代の金融経済知識のばらつきが、子どもたちの間の格差を助長するおそれがある。そうした状況を避けるために、地域や保護者を巻き込み、世代間での知恵の伝承も視野に入れて金融教育、消費者教育を進めることが大切である」と述べられました。西村氏は、しっかりした金銭感覚を持つ学生がいる一方で、複利計算の意味がよく分からない学生もいることや、卒業しても就職できずに奨学金返済を延滞する人の割合が高くなってきている状況を挙げ、「こうした状況を踏まえて、大学の教養教育で、学生が実際に直面しそうな問題を題材として、グループワークやケーススタディを取り入れた金融リテラシーの講義を展開している。こうした取り組みを今後も広げていく必要があると思う」と述べられました。
続いて、金融教育の授業に生徒が興味を持って取り組むための提案として、松井氏は、消費者として生活を営んでいく上で重要な「自立」というテーマを挙げられました。障害を持つ人の自立にも触れながら、「誰にも頼らないことが自立ではなく、自立とは自分で生活を組み立てることができ、特定の誰かに依存しない状態である。市場も同じで、市場では特定の先と強い依存関係に陥ることがなく、ある店でモノが買えなくても他の店に移る選択肢がある。数多くの緩いつながりに支えられているという点が、市場経済の本質である」と述べられ、「自立とは何かということについて、障害者の自立を出発点に、大学生や高校生と双方向の講義をしたところ、彼らはしっかりと考え自分なりの意見を持つことができていた。身近な問題から自立について考えさせ、そこから消費者としての自立、家計の自立へとつなげていくとよいのではないか」と述べられました。
さらに、工藤氏、上村氏、西村氏に、金融教育の実践に体験的な要素を取り入れ、効果的に実践を行うための提案や実践例について、お聞かせ頂きました。工藤氏は、ロールプレイング等を通じて、たとえばクレジットカード会社はどのように利益をあげているのか、スーパーマーケットやコンビニエンスストアの売り手側はどういう工夫をしているのかなど、普段は見えにくい部分を見せたり想像させたりする学習ができるとよいのではないかと述べられました。上村氏は、大学と地域が連携したアクティブラーニングとして、大学と地域の金融機関や企業が協働して行った金融教育の取り組みを挙げられ、学生が教えてもらうだけの立場ではなく、主体的に生き生きと取り組むことができたことを話されました。西村氏は、前述の金融リテラシーの授業で、交通事故を起こしてしまった場合の賠償金や海外旅行に行く際に用意する外貨と為替といった、学生にとって身近な例を使うことを心がけており、金融を自分たちの問題として捉えさせることが大切であると述べられるとともに、環境や次世代にも配慮した有効なお金の使い方とは何かを考えさせる実践例を示されました。
最後に、金融教育を進めるために外部人材の活用を検討する際の留意点について、西村氏からは、「外部の力を借りて授業を行う際には、学校のカリキュラムや教科書の中身、授業の進度をしっかりと伝え、事前のすり合わせを行うことが必要である」というアドバイスがありました。上村氏は、「地域の専門家や事業者でこれはと思う人と信頼関係を築いた上で話をしてもらえれば、本当に説得力のある授業になるのではないか」と述べられました。工藤氏は、「外部の人材を活用する場合、専門家の知見に授業を補ってもらうという観点のほか、その人がどういう仕事をしていて、どういう苦労があるのかを語ってもらい、児童生徒が社会に触れる機会にするという観点も大切なのではないか」と述べられました。松井氏は、東日本大震災後、福島県立相馬高等学校の生徒と東京大学の学生が交流して学ぶ機会を設けていることに触れ、「毎日授業を行っている先生方のようなきめ細かい指導を外部の講師が行うことは難しいが、一方通行の支援ではなく、高校生も大学生もお互いに学び合える環境を作ることができればよいと思う」と話されました。