2012年度 教員のための金融教育セミナー
2.分科会(金融教育の事例紹介とワークショップ)
大学分科会
- 進行およびコメント:
- 横浜国立大学教育人間科学部 西村 隆男 教授
実践発表およびワークショップ(1)
「大学生の生活設計と卒業までの成長値 ~『これであなたもひとり立ち』を活用した金融教育~」
東京家政学院大学現代生活学部 上村 協子 教授
実践発表
大学における金融教育の重要性を切実に感じている理由の一つに、高額の資金を借りることができる有利子の奨学金を申し込む学生が増えている点があります。利子計算や、延滞金のことなどをよく知らないまま、高校段階で奨学金を申し込んで入学してくる学生も少なからずいます。大学卒業と同時に、毎月奨学金を返還する生活が始まり、それが10年~20年間続くわけです。現在のように雇用環境が厳しいなかで卒業していく若い人たちにどういった金融教育をすれば、彼らの生活を守ることができるのかという観点から、大学での金融教育の重要性を今一度考えて金融教育を展開すべきと思っています。
金融広報中央委員会の刊行物に『これであなたもひとり立ち』というワークブックがあります。これには指導書も付いており、ワークブックとともにタイムリーに改訂されています。高校生向けに作られたものですが、この教材には、大学生にも他人事ではなく自分のこととして将来を考えさせ、金融教育を行うための情報が詰まっているため、活用して頂ければと思います。先程の奨学金についても指導書で具体的に触れられており、また、「起業家をめざすなら」というテーマで起業について具体的に考えさせるワークもあります。
本学では、2006年~2007年に「生活主体形成のための金融教育ライフマネジメントプログラム」を展開し、2009年に現代家政学科に消費者教育コースを設置しました。生産者と消費者が一緒になって産業を起こし暮らしを作っていく、協働・連携の時代であるという認識のもと、「生産消費者」(プロシューマー)教育を行っています。学生が青森の笹餅づくりの支援に行くというような活動もしてきました。
4年間で学生たちにどういう能力をつけさせるのか、学生たちの能力をどう伸ばすのかが大学に問われる時代です。金融教育を通じて得られる能力は、学生が自分の能力を伸ばすための基礎力になります。生涯を見通しライフプランニングする能力をカリキュラム化すること、すなわち大学の最初の段階で年次を追った計画的なプランの中に組み込んで学生が自分の成長を自己評価して、新しい社会を切り拓く能力を学生たちに身につけさせるための大学における金融教育が求められていると考えています。
ワークショップ
グループごとに、『これであなたもひとり立ち』の中からテーマを選び、大学1年生に90分の金融教育の授業をするとしたらどのような授業を行うか、授業内容やねらいを議論して頂きました。
大学生になり初めて一人暮らしをする学生もいるなかで、新入生のためのオリエンテーションの時間を使い、収支の合った暮らし方ができるように、自分の生活にかかっている費用を把握させて、平均的な費用と比較させ、その上で減らすべき支出はないか考えさせるという案や、アルバイトをする学生もいるため、源泉徴収票の見方や税金、社会保険料のことを教えるという案、大学のキャリア教育と連携し、求人票の見方や労働者の権利について学んでもらうという案、起業を目指す場合に、起業にはどのようなスタイルがあるのか、どのくらいのお金が必要なのか、資金の調達方法にはどのようなものがあるのかを、自分たちの夢を実現させるための手段として考えさせたい、といった案が出ました。
コメント及び質疑応答
西村先生より、上記の発表に関連し、「厳しい経済状況を背景に、奨学金の貸出額は高額化している。将来の見通しがつきにくい状況下では、余裕ができたときに奨学金を返還し、できるだけ早期に返還を完了しなければ、将来の家計に大きな影響を及ぼしかねない。お金を借りることのリスクや老後の生活資金のことなどは、今まさに学生たちに考えてもらうべき内容である。大学での金融教育を考えたとき、今回のワークショップで考えたように、学生たちに生涯を見通したキャッシュフロー、ライフプランニングを考えさせることが必要である」と述べられました。
これであなたもひとり立ち~自立のためのWORKBOOK~
これであなたもひとり立ち~自立のためのWORKBOOK~【指導書】
実践発表およびワークショップ(2)
「教員養成における金融教育の展開~体験型授業による実践的教員養成~」
愛知教育大学教育学部 水野 英雄 准教授
実践発表
少子高齢化や厳しい経済状況における国家財政の悪化、グローバル化による他国との競合の中で、金融や経済の知識がなくても過ごせる時代ではなくなってきています。人々が金融や経済の知識をより多く蓄えることで、経済を活性化させられるのではないか、個人レベルでは多重債務や自己破産といった問題を防ぐことができるのではないかと思っています。ところが現状として、子どもたちに金融や経済を教えることのできる教員は少なく、これから教員になる学生が、大学教育の中で経済学の理論だけでなく現実の金融や経済について学ぶ機会が必要であろうと考えています。昨年、日本銀行の小論文・プレゼンテーションのコンテスト「日銀グランプリ」で、本学の学生グループが「先生のための金融教育」というテーマで、教育学部において教員になる者に金融教育をどう展開すべきかを論じ、優秀賞を受賞しました。彼女らも、学校で教えるために自分たちが理論の勉強と現実に起きている問題を組み合わせて勉強する必要性を感じています。
大学における金融経済教育で、実際の社会との関係を重視した教育を行うことが求められているなか、金融や経済を身近な問題として捉えさせ、経済学の理論と現実の社会や経済との関係を整合的に学ばせるには、アクティブラーニング(体験型学習)を用いることが効果的です。
本学のある愛知県は製造業が非常に盛んです。そこで本学では、企業の工場に見学に行くなどアクティブラーニングに取り組んできました。自動車メーカーの工場などの企業の生産現場では、ミクロ経済学の考え方が生かされ、コスト削減の様々な工夫が行われていることを学び、また、自動車の生産に使用される鉄を作りだす製鉄工場では、製造業の相互関係や巨大な設備のスケールを実感しました。空港に見学に行った際には、米国の航空機メーカーの最新型の旅客機の翼や胴体が愛知県で作られて、専用の輸送機で米国へ運ばれていることから、愛知県の製造業が世界とつながっていること、国際分業の意義などについて学びました。このような企業の見学は、大学生の視点で見て初めて気づくこともあり意義があると思います。
これまで金融や経済と教育はあまり一緒に考えられることはありませんでしたが、ここ数年で、金融経済教育の取り組みが非常に活発になっていると感じます。こういう取り組みを積み重ねていくことで、今まで解決できなかった問題を解決することができるのではないかと考えています。
ワークショップ
大学生だけでなく、中学生や高校生の授業にもすぐに取り入れることのできる体験型授業の題材である「貿易ゲーム」を参加者の皆さんに体験して頂きました。グループごとに割り振られた資源や道具を他のグループに売却したり、不足しているものを購入したりしながら、製品を生産・販売し、ゲーム終了後にはグループごとに最終的にいくらのお金を得ることができたか、また、ゲームの中でどういう点に着目したかを発表しました。分業や特化という意識をもつことや何にウエイトを置いて行動するかの見極めが重要だという感想のほか、使わない分の資金を銀行に預けて金利収入を得る仕組みを導入してもよいのではというアイデア、ぜひ学校で実践してみたいという声が聞かれました。
コメントおよび分科会総括
「『貿易ゲーム』の際に各グループに振り分ける資源や道具の差をどのように考えてつけているか」という参加者からの質問に対して、水野先生は「今回のワークショップでは各グループの差があまり出ないように設定したが、ほかの機会ではあえて差がつくような設定にしたり、世界の国々の現実の経済状況に合わせて設定したりしている。さらに、地域統合の考え方を導入してみるなど、目的に応じて設定を変更できるところがこのゲームの良さでもある」と回答されました。
西村先生からは、「『貿易ゲーム』は、大学だけでなく、他の学校段階でも十分に活用できるものだと思う。行動経済学の視点、機会費用やトレードオフ、現在の価値と将来の価値というような考え方に気づかせ、考えさせるプログラムを、今回のセミナーのような機会を通じて先生方と一緒に考えていきたい」とのコメントを頂きました。