2012年度 教員のための金融教育セミナー
1.来賓講話/パネル・ディスカッション
(1) 来賓講話
「新学習指導要領における金融教育~実施上の留意点~」
文部科学省初等中等教育局 塩見 みづ枝 教育課程課長
平成20年~21年に改訂が行われた新学習指導要領では、これまでの学習指導要領の理念を継承し、「生きる力」を育むことが理念として掲げられています。これは、これまで以上に激しい変化が予想される知識基盤社会において「生きる力」が一層重要になるという認識に基づいています。
改正教育基本法において、一人ひとりが社会に参画してよりよい社会を形づくっていく存在と位置づけられたことを踏まえて、今回の学習指導要領改訂では、子どもの考える力や行動する力、社会的に自立する力を育てることを重視しています。新学習指導要領における教育内容の主な改善事項として、環境教育やキャリア教育、消費者教育など社会とのかかわりに関する教育の充実が謳われており、金融教育もそうした教育の中に包含されるものと考えています。
新学習指導要領において、金融に関する記述は、小学校社会科での「価格や費用」、中学校技術・家庭科(家庭的分野)での「消費者の基本的な権利と責任」、高等学校公民科での「金融制度や資金の流れの変化」、同家庭科での「生涯を見通した生活における経済の管理や計画」等、多くの箇所で充実が図られています。学校現場では、学習指導要領に示された内容をそれぞれの教科等でばらばらに教えるのではなく、学校教育全体で子どもたちにどういう力をつけさせる必要があるのか、そのためにそれぞれがどのような役割を果たしどのように連携していけばよいのか、というカリキュラムマネジメントの視点をもって取り組んで頂くことが重要だと考えています。その際の切り口の一つとして、金融教育、消費者教育をとり上げることはとても有意義なことだと思います。
本年4月に消費者教育推進会議が取り纏めた「消費者教育推進のための課題と方向」という発表では、教員研修の充実、授業時間の確保、教材・出前授業の充実が提示されました。こうした提言も踏まえて、文部科学省では、学校における消費者教育に関する協議会の開催、消費者教育の指導事例集の作成を進めているほか、消費者教育に関する成果を普及・還元し、こうした活動に取り組んでいる団体との連携・協働を深めるために、「消費者教育フェスタ」を主催しています。
金融教育、消費者教育を進めていく上では、地域との連携、協働が不可欠です。文部科学省では、地域の皆様に様々な形で学校教育を応援頂くとともに、学校も地域に対してプラスの価値を還元していくことができる関係づくりを目指し、「地域とともにある学校づくり」を推進しています。また、地域・社会の力を借りて教育を実現したいという学校のニーズと、実際に社会や産業界が提供できる支援をマッチングさせてより良い教育活動を実現することができるよう、「子どもと社会の架け橋となるポータルサイト」を設けました。ぜひ活用して頂きたいと思います。
金融広報中央委員会のアンケート調査で、「あなたは、学校教育の中で金融に関する教育を受けましたか」という質問に対し、「受けた」と答えた方がわずか4.0%でした。おそらくこれまでの学校教育の中でも、金融教育に該当するものは行われてきたと思いますが、それが実感されていないということです。それぞれが「生きる力」を身につけていくためには、子どもたちが自分の問題として意識し、自分にとって真に必要なことと実感できる形で金融教育や消費者教育の充実が図られることが大事なのではないかと思っています。
(2) パネル・ディスカッション
「学校における金融教育の充実に向けて ~新学習指導要領および消費者教育の指針を踏まえて~」
- パネリスト
- 国立教育政策研究所 初等中等教育研究部長 工藤文三氏
大阪大学社会経済研究所 教授 大竹文雄氏
文部科学省初等中等教育局 教科調査官 望月昌代氏
- コーディネーター
- 金融広報中央委員会事務局 金融教育プラザリーダー 岡崎竜子
「学校における金融教育の充実に向けて ~新学習指導要領および消費者教育の指針を踏まえて~」というテーマでパネル・ディスカッションを行いました。パネリストは、国立教育政策研究所 初等中等教育研究部長の工藤文三氏、大阪大学社会経済研究所 教授の大竹文雄氏、文部科学省初等中等教育局 教科調査官の望月昌代氏。コーディネーターは金融広報中央委員会事務局 金融教育プラザリーダーの岡崎竜子が務めました。
まず、来賓講話を受けて、新学習指導要領において金融教育に関する記述の充実が図られた背景について、工藤氏、望月氏より伺いました。グローバル化や雇用環境の変化、情報化の進展など、社会が大きく変化し続けていること、教育基本法と学校教育法の改正等で明確になった教育理念を踏まえて、学校で身に付けた学力が児童生徒の「生きる力」となっているかが問われるようになったこと、金融に関わる教育が「生きる力」の大きな要素の一つであること、などが挙げられました。
続いて、若年層に対する経済や金融に関する教育の重要性について、大竹氏は、「終身雇用、年功序列型の賃金が一般的だった頃は、教育費や住宅費のかかる40代、50代に高い賃金をもらうことができたが、現在は終身雇用体系が崩れ、賃金カーブもフラットになってきている。若者には、フリーターや非正規雇用の人たちも多い。近い将来社会に出て、貯金や保険について考えなければならない若者が、学生時代にはそれらについてよくわかっていない、このギャップをどう埋めるかが若者に対する教育の一番大事なところだと思う」と述べられました。
大学進学希望者の大半が大学に進学する、いわゆる「大学全入時代」を迎えているなか、高校までの段階で重点的に身に付けさせておきたい内容について、大竹氏は、世の中の経済的な動きについて実感を伴った理解を深めておくことを挙げられました。一方、工藤氏、望月氏からは、金融教育の面で大学に望まれる教育内容として、学生生活に直結する生活指導(工藤氏)、大学の授業と将来のキャリア形成とを関連付けた指導(望月氏)が挙げられました。
続いて、教員養成課程における金融教育の課題・在り方について、お聞かせ頂きました。工藤氏は、今の教員養成課程の課題として、各教科の教育法に関わる大学教員と、専門科目を担当する大学教員との連携の重要性を挙げられ、金融教育や環境教育などの教科横断的な教育内容のカリキュラム化を進めてほしいと述べられました。望月氏は、現場の教員と一緒になって事例研究を行うことが必要であること、また、様々な価値観が伴う課題や、答えや結論が一つとは限らないような課題についても、より積極的に扱ってほしいと話されました。
また、大竹氏からは、大学における金融論や経済学の教育・研究が、小中学校・高等学校の教員養成に与え得る影響等について、「我々のとったアンケート等からわかったところでは、例えば夏休みの宿題をいつやるかということと、将来多重債務になる確率はかなり相関している。金融というと子どもたちに直接関係ないと思われるかもしれないが、今の子どもの問題に置き換えることができる。また、子どもたちは、ご褒美をすぐにもらえる場合には頑張れるが、1か月待たなければご褒美がもらえない場合は頑張れないなど、将来のことを過小評価してしまう傾向がある。今勉強すれば30年後にいい生活ができるかもしれないということが子どもたちにとってインセンティブになりにくいことがわかっている。こうした研究成果を教育に生かしてほしい」、「将来のことを割り引いて考えてしまう傾向や、無意識に合理的でない選択をしてしまうという選択行動のバイアスが、人生のいろいろな失敗をもたらし得ることを子どもたちに実感させることのできる実験が、最新の経済学ではたくさんある。そうした実験を用いて、学生や生徒たちになぜ勉強しなければならないのかを教えて頂きたいし、我々も教育現場に還元できるようにしていきたい」というお話がありました。
最後に、これから金融教育を実践しようとされている先生方へのアドバイスとして、望月氏より、「一番重要なのは、生徒たちにもっと勉強してみたいという気持ちをもたせること。そのためには、例えば文部科学省が発足させた『子どもと社会の架け橋となるポータルサイト』のような仕組みを利用したり、本セミナーのような機会に先生方の横のつながりをつくったりしながら、よい授業のためのヒントをつかんで頂きたい」とのお話がありました。また、工藤氏は、金融教育の具体的な進め方として、(1)消費者としてより良い選択をする力や金利を計算する力など、身に付けさせたい力から考える、(2)例えば携帯電話の料金を題材にする、文化祭や修学旅行とつなげるなど、教材や活動の場面から考える、(3)調べ学習やインタビューなどの学習活動から考える、(4)学校外の組織や人材を活用する、といった方法を挙げられました。また、学校の体制作りについて、「各教科の学習活動を複眼的に見て、教科のねらいを達成しながら金融教育などに関わる部分を強化していくという考え方で体制をつくることが重要ではないか」とのお話がありました。大竹氏からは、「今日お話したような経済学の中の行動経済学という分野、心理学的な要素を取り入れた経済学を、ぜひ金融教育のきっかけにして頂きたい。誰でも間違えやすい例を子どもたちに体験させることで、学ぶことから失敗を防ぎ得ると実感させることができる」とのアドバイスがありました。