特別対談
人生100年時代を豊かにする キャリアプランニングと金融リテラシー
経済評論家 山崎 元×金融広報中央委員会委員 日本銀行副総裁 若田部 昌澄
資産運用に必要な二つの金融リテラシー
若田部 人生100年時代においては、自分の人材価値を高めつつ、「収入で得たお金を貯めて増やす」ことが非常に重要となりますが、その際必要となる金融リテラシーについてお話ししていきたいと思います。
金融リテラシーと聞くと「難しいことをやるのでは?」と身構えてしまう人が多いように感じます。とくに若い人は。
山崎 学ぶべきことは、お金と付き合うための基本的知識や常識ですが、とてもシンプルなものです。収入を得て、計画的に貯蓄をし、資産を正しく運用して、リタイア後は資産を計画的に取り崩す。その際のさまざまな選択を間違わないために身に付けるべきこととして、前向きに向き合ってほしいです。
若田部 シンプルで単純なことは非常に大事なことだと思います。まずは、具体的に貯蓄についてのご意見はありますか。
山崎 老後に必要な貯蓄額について考える人がかなり増えました。しかし、世間で平均とされる数字を知っても正しい参考にはなりませんし、不安の解消にはつながりません。平均より収入の低い人は将来平均より使わないのにこんなに必要なのかと心配になるし、平均より収入の高い人は将来平均より使うためこれで足りるのかと不安になるでしょう。
若田部 自分に合わせた必要貯蓄額を知っておくことが大切です。そういうことに気づき、具体的に考えることも金融リテラシーのアップにつながると思います。
山崎 おおよその貯蓄の目安としては、給与所得者は厚生年金があるので、手取りの15%~20%、個人事業主なら25%~30%くらいの貯蓄をしておきたいですね。
若田部 そして貯めたお金を増やすために資産運用をするわけですが、iDeCoやつみたてNISAなどの税制優遇制度によって、若い世代を中心に投資行動が変わりつつあります。
山崎 新型コロナウイルス感染症の拡大によって世界的に株価が大きく下落したとき、ネット証券の新規口座開設数が月間最高件数を記録しました。とくに若年層の増加が大きく、投資への関心が高まっているのですが、だからこそ、適切な情報を伝える必要があると考えています。
若田部 ただ、投資への関心の高さと身に付けている金融リテラシーのバランスが悪いと、リスクも高くなってしまいますね。資産運用において知っておくべき金融リテラシーはいろいろありますが、とくに必要と思われることは何でしょうか?
山崎 大きくは二つあります。
まずは「損得計算」です。コストや利益の損得を数字で計算して理屈で考える知識です。例えば、年率1.5%の運用管理費を払うのと0.2%で済むのとでは、20年間の運用でどれだけ違うのか。こういうことを常識として考えようとしないと、正しく運用ができません。
若田部 金融リテラシーが十分でないと「たかが1%くらい」となってしまい、大きなコストが発生していることにも気づかないかもしれませんね。四則計算や複利計算、標準偏差が分かるとよいのでしょうが、そういった計算を諦めてしまう人も少なくないように思います。
山崎 日本人の数学に対する苦手意識にはすごいものがありますね。
若田部 それも金融リテラシーの広がりを妨げる要因の一つになっているのかもしれません。
山崎 二つ目は、株式、投資信託や保険などの金融商品は金融機関のビジネスとして販売されているという「大人の経済常識」です。ふだんの買い物なら、よい商品とはどういうものか知識を持ったうえで、自分が欲しい商品をイメージしながら、購入するか否かを慎重に検討するはずです。しかし金融商品の場合、売り手に言われるがまま購入してしまうケースがきわめて多い。その金融商品が「本当に必要なのか」、「本当に得なのか」、「コストはいくらなのか」といったことまで考えがたどり着かないと正しい意思決定にはなりません。
若田部 先ほどの「損得計算」と同様に、こういうことを常識として身に付けないと正しい運用ができないということですね。
- 本対談は、距離の確保やマスク着用等の新型コロナウイルス感染防止対策を徹底したうえで実施しました。