はじめての金融教育-ワークシート付き入門ガイドと実践事例集-
1.金融教育入門ガイド
(1)小学校における入門ガイド
移動教室でのおみやげ購入を通じた実践的な金融教育の展開
東村山市立野火止小学校 小関禮子校長
加藤悦子元主幹教諭
<1>金融教育現場レポート
責任のあるお金の使い方を学力の一つとして指導したい
武蔵野台地のほぼ中央に位置し、都心近郊でありながら、豊かな自然に恵まれている東村山市。野火止小学校は、この東村山市に27年前に開校、現在、約670人が学ぶ、市内で最も学級数が多い小学校です。
同校では、近年、金融教育を効果的に授業に取り入れています。その牽引役となって推進しているのが、長年金融教育を実践し、金融広報中央委員会の『金融教育プログラム-社会の中で生きる力を育む授業とは-』や『金融教育ガイドブック-学校における実践事例集-』などの作成・執筆にも携わった小関禮子校長です。
「私が初めて金融教育に取り組んだのは、30年以上も前のことです。『お金はすべてではない。しかし、とても大事なもの。子どもたちが使うお小遣いも、ご両親の労働の貴重な対価であることを理解してもらいたい』との思いがきっかけでした。以来、金融教育は私の大事なテーマであり、校長になってからは、学校経営方針の中に明記しています」
現在は、小関先生が金融教育を始めた当初よりも、世の中には物があふれ、多額のお金を自由に使う子どもも増えています。そのせいか一般に、本当にこれが欲しいのか、必要かを吟味しないで、流行の商品を数多く購入する子どもも見られるようになりました。
「だからこそ、お金の大切さ、有効に使うための方法、責任を持った使い方を思考力、判断力など学力の一つとして指導したいと思っているのです」(小関先生)。
おみやげ買い物体験の目的は
同校では、6年生の移動教室において、二泊三日の日程で、日光を訪れます。子どもたちは、その中で、家庭科の学習の一環として、3,000円を限度におみやげを購入します。
同校では、このおみやげ購入を学習材料にした金融教育を実施しています。具体的には、計画の立案(2時間)、計画に基づいたおみやげ購入(30分)、まとめ(2時間、場合によれば1時間)により構成されます。
この一連の授業の目的、狙いは次の3点です。
[1]計画的な買い物ができる
計画立案から購入というプロセスを通じて、商品の計画的な買い方を学ぶことができます。
[2]共通の条件の中で、買い物体験を含めた金融教育を行うことができる
金融教育を効果的に行うには、子どもたちを同じ条件の下において、買い物体験などの取り組みを行うことが重要です。しかし、日々の生活の場面では、同じ金額、同じ場面、同じ時間の下で買い物体験を行うのは難しいことです。しかし、移動教室のおみやげ購入という機会を利用すれば、同じ条件の下で学習を行うことができます。
さらに、子どもたちはそれぞれ保護者などから得た買い物の知識を持っています。それらについて、授業で意見を出し合うことで、子どもたちは様々な意見、知識を獲得・共有できます。
[3]人とのかかわりの中でお金の使い方を学べる
おみやげとは、自分の記念のために買うこともありますが、おおむね家族やお世話になった人へ、感謝の思いを込めて購入し、贈るものです。
おみやげの購入を通じて、人とのかかわりを意識しながら、お金の有効的な使い方、大切さを実践的に学ぶことができます。
授業の内容を見てみよう
では、具体的に授業の準備も含めて、その内容を見てみましょう。
[1]授業の準備
授業の準備として、まず行うのが、教師による「実地踏査」(事前調査)です。利用するみやげ物屋にあらかじめ赴き、許可を得た上で、どのような商品があるか、店内の雰囲気はどうであるかを調べます。また、参考として、商品の購入、写真撮影を行います。今回の場合、撮影した商品の写真は、菓子類、ゆば、そば、ようかんなどの食品、キーホルダー、置物、地域限定のキャラクター商品など30以上にもなりました。
そして、撮影した写真や購入した商品を、家庭科室の一角に設けた「みやげ物屋」コーナーの中で、掲示・陳列します。これは、後の授業で子どもたちが計画の立案を行うに当たって、具体的なイメージを喚起させるのに役立ちます。
[2]計画の立案
2時間の授業の中で、買い物計画の立案を行います。まず、具体的にどのような商品があるかを、教師が写真などを提示しながら子どもたちに説明します。その上で、子どもたちは何を、どのように買えばいいのかを、ワークシートに記入しながら、具体的に考えます。
ワークシートには、次の3項目を記入します。
・「3,000円の範囲で、おみやげの買い方を工夫してみよう」
どんな物を、いくらで、誰に、どのような思いで購入するのかを具体的に記入します。
・「おみやげを買うときに考えておくといいこと(予想されること)」
おみやげを買うときに、どのような事態(たとえば、みやげ物屋が混雑しているなど)が考えられるかを具体的に想定し、その対処も考えます。
・「移動教室に向けて、今日の学習をどう生かそうと思っていますか?」
計画を立案したこの2時間の授業に基づいて、実際のおみやげ購入に当たって、気をつけるべきこと、生かそうと思っていることを記入します。
[3]計画に基づいたおみやげ購入
移動教室の中で、計画に基づいて30分間、3,000円を限度に、おみやげを購入します。当日は、4校が同じ時間帯にみやげ物屋を訪れ、店内は大いに混雑しました。しかし、同校の場合は、あらかじめ計画を立てていたこと、さらに5年生の算数の授業で、買い物のときに気をつけるべき計算の仕方(注)を学んでいたこともあり、スムーズに買い物ができました。
また、子どもたちは、その場で臨機応変に、賞味期限を確認したり、傷みやすい商品かどうか、商品が日当たりがきついところに陳列されていないかなどをチェックしていました。さらに、同じ商品でもビニールに入っているものと箱に梱包されているものでは、値段が異なることを発見し、購入の判断材料にしている子どももいました。
(注)5年生の算数の時間で、カレーライスの買い物体験シミュレーションを実施。買い物時の計算の仕方として、「切上げ、切捨て」(四捨五入)を詳しく学んだ。
[4]まとめ
授業のまとめ(2時間)として、購入したおみやげを授業に持ち寄った上で(すでに家族に渡した児童は、おみやげの絵やカードを示しました)、どういう思いで誰に買ったものかなど、買い物体験の感想を全員で発表し、それぞれの体験を共有しました。また、計画以外の商品を購入した場合は、その理由も発表し合いました。その後、ワークシートに沿って、「事前に計画を立てておいてよかったこと」、「おみやげを差し上げた人からの言葉や、雰囲気からどのようなことを感じ取れましたか?」について、記入しました。
発表では、「おみやげ屋さんに売っている商品を見たら、計画していたものよりも、自分のイメージに近く、さらに値段も安い商品があったので、購入商品を変更しました」などの意見が出ました。
授業の効果について
今回の金融教育の効果はどこにあったのか。小関先生は次のように話してくださいました。
「金融教育は、お金の使い方を通して、自分で考えて、選択する。そして、その結果に責任を持つという人間の生き方そのものに関わる教育です。従って、購入の仕方に、正解も間違いもありません。その人らしい、お金を生かした使い方を学ぶことが重要です。今回の6年生は、計画づくり、その後の買い物を通じて、そのことを実践的に学べたと思います」
(以上は、金融広報中央委員会の広報誌『くらし塾きんゆう塾』2007年秋号「金融教育の現場レポート」に一部加筆修正したものです。)