金融教育プログラム-社会の中で生きる力を育む授業とは-
(2023年10月改訂版)
1.金融教育のねらいと基本的性格
(5)金融教育と関連する教育領域
金融教育は先述したように、①生活や社会に関する知識や情報を身近なものとして深く理解すること、②生き方や価値観を磨くこと、③よりよい生活や社会を築くために主体的に考え行動できることを基本的な骨格としている。この点を踏まえながら、金融教育と関連する様々な教育領域との関係を後述する金融教育の分野(A.生活設計・家計管理に関する分野、B.金融や経済の仕組みに関する分野、C.消費生活・金融トラブル防止に関する分野、D.キャリア教育に関する分野)や分野目標・年齢層別目標を念頭において主に知識や技能を中心に整理すれば次の通りである。
<金融教育と経済教育>
(一財)日本経済教育センターが発表した報告書(2006年3月「経済教育に関する研究調査報告書」)では、経済教育はミクロ的には個々人の合理的な意思決定能力を養うとともに、マクロ的には実際の経済社会に対する理解とそれを踏まえた政策課題解決への取り組み態度を育成することをねらいとしている。金融教育においても、ミクロ的な意思決定に関する内容は、「A.生活設計・家計管理に関する分野」において取り扱われているほか、マクロ的な理解は「B.金融や経済の仕組みに関する分野」で広く取り上げている。なお、金融教育において経済教育的な内容を取り上げる場合には、金融教育の特徴を生かして、個々人の主体的な生き方につながるように進められることが望ましい。
<金融教育と消費者教育>
「消費者教育の推進に関する法律」において、消費者教育の基本理念として、「消費生活に関する知識を修得し、これを適切な行動に結び付けることができる実践的な能力が育まれること」及び「消費者が(中略)主体的に消費者市民社会の形成に参画し、その発展に寄与できるよう、その育成を積極的に支援すること」が挙げられている。消費者庁では、2013年に、消費者市民社会の構築などの4つの重点領域と幼児期から成人期(若者、成人一般、高齢者)までの取り組みを整理した「消費者教育の体系イメージマップ」を公表した。金融教育も個々人の主体的な選択力、行動力の養成を目的としているため、消費者教育とは深く関係しており、その内容は、「A.生活設計・家計管理に関する分野」や「C.消費生活・金融トラブル防止に関する分野」で幅広く取り上げている。
2013年6月に閣議決定(2018年3月、2023年3月に改訂)された「消費者教育の推進に関する基本的な方針」では、「金融リテラシーは、自立した消費生活を営む上で、必要不可欠であり、消費者教育の重要な要素であることから、金融経済教育の内容を消費者教育の内容に盛り込むとともに、金融経済教育と連携した消費者教育を推進することが重要である」としている。
なお、小学校及び中学校の『学習指導要領解説 総則編』付録「現代的な諸課題に関する教科等横断的な教育内容」の「消費者に関する教育」には、金融教育と重なる内容が多く含まれている。
<金融教育とキャリア教育>
キャリア教育は個々人に相応しいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てることを目的とするものであり、その目標は金融教育の「D.キャリア教育に関する分野」の目標とほとんど重なっている。両者は生き方を考える、自己実現、社会への貢献といった点で当然共通点をもっているが、金融教育としてキャリア教育を位置付ける場合、生計を立てる手段、あるいは将来の生活設計の基盤としての労働を強く意識させるほか、職業選択に関しても金融・経済の働きや現状を踏まえて考えさせることが大切である。
<金融教育と法教育>
法教育は法の根底にある価値、法やルールの役割・意義を考えることを通じ、法やルールが不可欠であることを理解し、法やルールを活用して問題の適正な解決を図る能力を養うことなどを目指している。金融教育はそうした法教育の内容を多く含んでいる。法教育研究会が刊行している『はじめての法教育』の中でも「C.消費生活・金融トラブル防止に関する分野」に深く関連した指導事例が紹介されているほか、金融教育の中で取り扱う契約、起業、労働者の権利、金融商品運用などでも法教育と直接関連する要素は多い。金融教育の中で法教育的な内容を取り上げる場合は、当該の法の内容を理解しそれを現実の場で行使できる能力を養うことに重点を置いて取り扱っている。
なお、小学校及び中学校の『学習指導要領解説 総則編』付録「現代的な諸課題に関する教科等横断的な教育内容」の「法に関する教育」には、金融教育と重なる内容が多く含まれている。
<金融教育と主権者教育>
主権者教育は、主権者として社会の中で自立し、他者と連携・協働しながら、社会を生き抜く力や地域の課題解決を社会の構成員の一人として主体的に担うことができる力を身に付けさせることを目的としており、政治的教養のみならず、いわゆる経済的教養についてもバランスよく身に付けることが必要であるとされている。この経済的教養の部分は金融教育の「B.金融や経済の仕組みに関する分野」に含まれるものである。前述のとおり、金融教育の意義の一つは、社会に支えられている自分と社会に働きかける自分とを自覚して、社会に感謝し、貢献する態度を身に付けること(社会と関わる力の育成支援)であり、金融教育と主権者教育の目標には大きく重なる部分があるといえる。
なお、小学校及び中学校の『学習指導要領解説 総則編』付録「現代的な諸課題に関する教科等横断的な教育内容」の「主権者に関する教育」には、金融教育と重なる内容が含まれている。
<金融教育と金銭教育>
金銭教育はものやお金を大切にすることを通じて、お金や労働の価値を知り、感謝と自立の心を育てることによって、人間形成の土台づくりを目指す教育である。この意味で、金銭教育は生き方を学ぶ道徳教育とも深く関わっている。金融教育はこれまで実践されてきた金銭教育の伝統を十分継承しながら、実践的な消費者教育やキャリア教育、さらにはマクロ的な金融・経済の理解といった要素を取り込みながら組み立てられている。その意味では金融教育は金銭教育を包含し、より幅広い内容に発展させたものと位置付けることができる。
<金融教育と環境教育・食育>
現在多くの学校で環境教育や食育への取り組みが行われている。これらの教育は、一見金融教育と関連が薄いように思えるかもしれないが、視点を広げてみると、金融教育との接点は少なくない。例えば、環境教育の中で問題を金銭に換算して事態の深刻さや対応の在り方を考えたり、水やエネルギーを題材に価格や産業の働きと関連付けて環境問題を取り上げたりすることなどができる。また食育との関連では、調理実習での食材選択や食材の生産・流通、食品ロスの問題等に目を向けたり、食育の必要性を医療費との関連で理解させたりすることなどができる。そして、こうした具体的な学習から、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)や持続可能な社会の形成への貢献といった、より抽象的で高度な内容に発展させることが考えられる。
<金融教育と情報教育>
近年、情報技術の進展を受けて、あらゆる場面でICT化が不可逆的に進展している。スマートフォンやSNSの利用が一般化し、インターネットによる商品・サービスの購入などに伴うトラブルも増大している。
学習指導要領においては、情報活用能力が、言語能力、問題発見・解決能力等と同様に「学習の基盤となる資質・能力」と位置付けられた。具体的には、「児童生徒の発達の段階を考慮し、情報活用能力(情報モラルを含む。)等の学習の基盤となる資質・能力を育成していくことができるよう、各教科等の特質を生かし、教科等横断的な視点から教育課程の編成を図る」とされ、各学校段階の社会科、技術・家庭科、特別の教科 道徳、情報科などの各教科において情報の活用及び情報モラルに関する記載が設けられている。「情報モラル」には、インターネット上の誹謗中傷やいじめの問題を回避すること以外に、個人情報の流出やプライバシーの侵害、ウィルス被害や詐欺被害に巻き込まれることを防ぐための情報セキュリティ対策を含んでいる。
ICT化の進展は、金融分野においても同様に加速しており、いわゆるフィンテック(FinTech)と呼ばれる新たな金融サービスが続々と登場している。子供たちに最も身近な変化は、交通系電子マネーや「〇〇ペイ」などのバーコード・QRコード決済といった、現金以外の決済手段の多様化(いわゆる「見えないお金」)であろう。また、家計簿アプリやロボアドバイザーなどのサービスをうまく活用することによって、家計管理や資産形成を高度化・効率化することができるようになってきている。起業する際にも、例えばクラウドファンディングのような新たな資金調達方法が登場している。その一方で、こうした情報技術を活用した新たな金融サービスには、①見えないお金であるがゆえにお金の価値を実感しづらいこと(それに伴って無意識に使い過ぎてしまう傾向があること)、②個人情報の濫用や流出、③インターネットを通じた詐欺被害、④インターネット上で簡便な手続きにより借入れが可能となることに伴う安易な借入れへの依存といったリスクが存在する。また、⑤次々と新たなサービスが出現する情報化の流れについていけない人が却って金融環境とのつながりを失ってしまう恐れもある。
金融教育は、上記のような金融に関する環境変化やリスクへの対策を扱うことによって、情報教育を行う上で児童生徒に身近な題材を提供し得る。また、情報の活用や情報モラルに関する学習経験が、新たな金融サービスの理解や正しい活用にもつながるため、情報教育が金融教育の前提となる面もある。このように、現在の情報化社会においては、金融教育と情報教育は不可分の関係にあるといえる。