はじめての金融教育-ワークシート付き入門ガイドと実践事例集-
1.金融教育入門ガイド
(3)中学校(技術・家庭<家庭分野>)における入門ガイド
賢い消費者になろう ロールプレイング
~いろいろな販売方法を知り、適切な選択、購入の態度を身につける~
石川県能美市立根上中学校 朝倉京子教諭
<1>金融教育現場レポート
改良しながら今年で7年目を迎えるプログラム
今回紹介するプログラムは、6年前、朝倉京子先生が根上中学校在任中に始めたものです。その後、朝倉先生は県内の別の中学校に転勤されましたが、その間もこのプログラムを改良しながら実践してこられました。今回見学させていただいた授業は、この7年間の研究・実践の成果とも言えるものです。
まず、このプログラムの全体像を紹介します。狙いは二つあります。第一は「販売方法の特徴や消費者保護について知り、生徒自身が生活に必要な物資やサービスを適切に選択、購入及び活用できるようになること」。そして、第二は「自分の生活が環境に与える影響について考え、環境に配慮した消費生活を工夫できるようになること」です。
このプログラムに必要な授業時間は11時間です。大きく5つの内容で構成され、基本的には1年生を対象としています。生徒自身が主体となって参加するロールプレイング形式が採用され、楽しく活動しながら理解できる工夫がなされています。
「6年前、根上中学校が金銭教育の研究校に指定されて、それがきっかけでこの授業を始めました。当初、このプログラムは7時間を予定していましたが、一方的に教える授業だけでなく、ロールプレイングを取り入れたいとの考えから、思い切って11時間のプログラムにしました。家庭科の授業は3年間で87~88時間ですから、11時間だと少し多いかもしれませんが、生徒が自分で考えしっかり理解するには必要な時間数です」
「研究授業は、たとえ周りからの評価が高くても手間が掛かりすぎたり、生徒にとって魅力のない授業であれば、消えていくことも結構あります。これまで続けてこられたのは、生徒たちの頑張りによる面も大きいです。みんな、一生懸命勉強してくれるし反応もよいので、こちらも楽しくなって、もっとよくしようと少しずつ手を加えながらやってきました」
訪ねたのは2008年6月6日。2年3組の3~4時限目の家庭科の時間で、ちょうどロールプレイングを行う日でした。授業の構成で言うと、第3次「販売方法の特徴」の後半の2時間に該当します。
役になりきって全員が参加するロールプレイング
ロールプレイングは、男女6名で構成された班ごとに行われます。1クラス6班に、店舗販売、無店舗販売、訪問販売という三つの販売形式における、利点と問題点を訴える6テーマが割り当てられます。具体的な店舗や販売方法の種類・商品も生徒たちが話し合って決め、自分たちが作ったシナリオでロールプレイングが展開されます。
「いいですか。順番になったら、その班は前に出てください。自分がどの役をするか役割カードを首からかけて、自己紹介してください。恥ずかしがらないで大きな声でね!シナリオばかり見ちゃダメよ。さあ、なりきってやってね」
最初に登場したのは店舗販売の利点を担当する班の生徒6名。「小学生Aの○○です」、「店員の××です」、「母役の□□です」などと自己紹介が始まり、それぞれ位置についていよいよスタート。
実際に作ったシナリオ
ナレーター:ある日2人は買い物に行きました。まず始めに制服を買いに行きました。
小学生A:来年中学やし、そろそろ制服注文せんなんなぁ。
Aの母:根上中学校の制服を扱っている店は、ここでいいはずだけど。
店員B:いらっしゃいませ。何をお探しですか。
小学生A:僕に合う制服はありますか。
店員B:こちらの制服などはいかがですか。
小学生A:これでは少し小さいと思うなぁ。
Aの母:それじゃ試着してみたらどう。
店員B:いいですよ、こちらで試着してください。
(小学生、試着する)
小学生A:やっぱり少し小さかったです。
Aの母:じゃこのサイズは?
小学生A:少し大きいと思います。
店員A:では、少し大きい方にして、少し短くしましょうか。1週間ほどでできますよ。
Aの母:いいんじゃない、それではよろしくお願いします。
ナレーター:次に2人は食品売り場に買い物に行きました。
Aの母:今日の夕食何にする?
小学生A:うーん、何でもいい。
Aの母:ハンバーグでいい?
小学生A:いいんじゃない。
Aの母:あの場所にあるんじゃない?
店員C:ハンバーグ試食できますけど、どうですか。
小学生A:食べてみる?わりとおいしいな。
Aの母:本当に?あらおいしいわね。値段も割引で安いし。この大きさなら1人1個でいいかしら。じゃあ5つで。
店員C:ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。
演技のうまい、下手は別として、生徒はそれぞれが自分の役を演じ、課題となっているテーマを全員で再現。なかには、その役になりきって演じる生徒もいて、見ている生徒たちからは感嘆の声も。
5分ほどのロールプレイングが終わると、いよいよ個々のテーマについてまとめに入ります。生徒には「まとめ用」のシートがあらかじめ配られているので、各自が記入。記入のポイントは二つあり、一つは販売方法の特徴を記入すること。もう一つは、ほかの班が行ったロールプレイングに対する評価です。
「販売方法の特徴(利点または問題点)は最低でも4つは挙げてね。今見ていた中にヒントはあったでしょう。大丈夫? 書けますか?」
記入が終わると、朝倉先生が生徒の回答を確認し、コメントを加えながら黒板にまとめていきます。ちなみに、今回の授業では、店舗販売の利点について、次のような回答が生徒から挙がっていました。
- 店に行けばすぐに手に入る
- 商品の説明がある
- 試すことができる
- 割引がある
- 実物を見ることができる
- サイズを直してもらえる
- 手触りが確認できる
この流れで、ほかのテーマについても順次行われていきますが、ロールプレイングの出来不出来はシナリオに掛かっています。どのように書かせているのか、授業後に朝倉先生に伺いました。
ワークシート1「消費生活について考えよう3(1)(各販売方法の利点と問題点)」(PDF 293KB)
生徒の自主性を尊重した自分の言葉で作るシナリオ
「シナリオは基本的には生徒に任せます。ただ、全員参加ですから、必ず全員にセリフがあるようにという指示だけはします。そうしないと、ベルの音を出すだけの子とか、犬の役といったものまで出てきます(笑)。そして、今年からはやり方を少し変えています。
今までは、中心になる一部の生徒がシナリオを作り、後から役割を決めていました。でも、今年は役を先に決め、あらすじをみんなで立てて、自分でセリフを考えなさいという風にしました。先に役を決めることで力の入れ方も違うだろうし、自分の言葉で言いやすいようにやりなさいと。また、消費者としての経験が不足しているので、家の人に失敗例とか良かった点を聞くことも課題としました。『通販で失敗したことない?』とか『なぜ店で買うのがいいんだろう?』と家の人に聞いてくれるだけでもいいかなと。でも、こちらの意図は十分に伝わらなかったようです。なぜ家の人に聞くのか、それをどう活用しシナリオに反映させるか、きちんと説明しないと理解できなかったようです。来年はもっとしっかりやらせようと思っています」
「具体的に教師から教えるのは、販売方法の種類だけです。これは生徒に考えさせるための工夫です。店舗ならデパートとかスーパー、通販ならテレビとかカタログ、インターネットがあるでしょう。また、シナリオには販売方法の特徴(利点または問題点)を表わす内容を必ず入れさせます。ほかの班の子どもたちにも判りやすいかどうか、そこを確認するのですが、何度も持ち帰らせ、検討しなおさせる場合もあります。シナリオ作りで2時間取っていますが、それでも時間的には結構厳しいです」
ところで、このプログラムを始めた当時は題材をTシャツに限定されていたそうですが、今回見学した授業には様々な商品が登場します。
「これまでは、ずっとTシャツでやっていました。統一性があって比較しやすいのですが、Tシャツの訪問販売はまずありません。そうした現実味のないものを題材にするより、販売方法の利点や問題点を表しやすい商品にしようと提案したら、生徒たちから扇風機とか薬が出てきたのです。この地域では今でも置き薬は一般的なので、生活に密着している題材がよいと思い採用しました。様々な商品を登場させると、販売方法を比較するうえでは難しい面もありますが、商品と販売方法の利点・問題点の関係を知るには良いと思っています」
創意工夫は教師にとっても喜び
金銭教育の研究が縁で始まったこの授業。朝倉先生は次のように振り返ります。
「家庭科といえば昔は衣食住でしたが、今は環境問題や金銭教育も取り扱い、ずいぶん幅が広くなりました。新しい教材研究も必要になり大変ですが、教師もいつも同じことを繰り返していると正直なところ飽きがきます。そうした意味では、子どもたちも意欲をもってやっているので、この授業をやってきて良かったです。今でも、一生懸命準備し、今日はこれをやろうと思って学校へ来る時はすごく幸せです」
「今日の授業では、店舗販売の利点のところで『手触り』と言った子がいました。前の授業の『物資とサービスの選択』で勉強した、素材の選び方や表示の見方が活きている訳で、うれしくなりました。もちろん、反省もあります。消費者を取り巻く問題についても学ばせたいのですが、例えば、支払い方法についてはロールプレイングでの取り上げ方が弱かったです。特に通販などでは後払いか先払いかでトラブルが起こるので取り上げさせたかったですね」
授業中と同じように、爽やかに説明してくださった朝倉先生。
「子どもたちからいい意見が出ると、うれしくなりますよ。『そうそう、それが言いたかったの』って」と言う言葉が印象的でした。
(以上は、金融広報中央委員会の広報誌『くらし塾きんゆう塾』2008年秋号「金融教育の現場レポート」に一部 加筆修正したものです。)