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貯蓄・生活シンポジウム 1999

21世紀 どう変わるくらしと経済~本当の豊かさへの処方箋~

パネルディスカッション

(1)なぜ「豊かさ」を感じられないのか

佐藤 本日のシンポジウムは、日本を取り巻く経済・社会情勢が大きく変化する中、あるいは変革を迫られる中で、私たちは「豊かさ」というものをどう考えたらいいのかを、幅広い観点から考えていきたいと思います。

さて、日本は経済大国といわれておりますが、貯蓄広報中央委員会(現・金融広報中央委員会)の調査によれば、「経済的な豊かさ」を実感している人は3割に過ぎません。これは何故かという疑問が湧きます。鳥越さん、いかがでしょうか。

鳥越 私は昭和15年生まれで、絶対的にものがない時代を経験しています。そのような世代からみると、今は途方もなく豊かな社会であると思えます。このように世代や人によって豊かさの感じ方が違うということを前提にお話すれば、豊かさを感じさせない大きな原因として、過去からの不安と、将来に対する不安の2つがあるのではないでしょうか。

過去からの不安というのは、私たち日本人がそのようなものだと思って寄りかかってきた考え方、価値観、システムが通用しなくなったことに起因するものです。

一方、将来に対する不安というのは、本日のテーマにもなることですが、1つは少子・高齢化があります。年金とか、介護保険とか、このままでは大変なことになるなと考える人が増えています。

環境問題というのもあると思います。日本人の場合、これまでは何となく自然の調和の中で生きてきたわけですが、人間が自然を破壊した結果、自然環境から人間が脅かされる状況になってきました。これは今後ますます大きな問題となっていくと思います。

それとともに、私たちが動いていく方向に対する不安ということもあります。私たちは日本型社会から、アメリカ型社会への移行を余儀なくされつつあります。大量生産、大量消費型の経済社会では、いつも消費していないと安心できないという焦燥感があり、これが豊かさを感じさせない最大の原因だと思います。

吉永 私は鳥越さんと比べると10年若いのですが、生まれた時と比べれば今は格段に豊かになっているはずなのに、あまり豊かという気がしません。何かを買って、何かを得て、幸せを感じるというパターンに慣れすぎてしまったのではないかと思います。

自転車を一生懸命こいで、早く走っている時は安定がいいですね。しかし、少しゆっくり走ろうかなと思うと、力のない人はふらふらして転びそうになってしまいます。私たちの生活もそれと同じで、右肩上がりで忙しく働き頑張ってきた時は良かったけれど、ゆっくり走らなければならない状況になって、バランスが悪くなり、近くの風景を眺める余裕が全く無くなったのかなと思います。

そのような意味では、今はちょうど全てのことが新しく変わる端境期にさしかかっているのだろうと思いますが、その具体的なイメージが分からない。だから、今まで自分が築き上げたものを豊かなものとして享受し、楽しんでいく心境になれない。このような状況と精神的な不安など、いくつかのものが合体して、「今そこにある幸せ・豊かさ」を、全く楽しめなくなっているのだと思います。

佐藤 日本は1人あたりの国内総生産(1997年)がOECDの加盟国の中でスイスに次いで第2位に位置しており、経済力は極めて強いと思います。

一方で、豊かさを測る「社会資本整備」面では、道路や橋、鉄道などは整備されてきていますが、住宅、公園、下水道など、暮らしに直結した身近な社会資本は、まだまだ充足されていません。また日本は消費支出に占める教育費の割合が、35歳から44歳の年齢層でアメリカの6倍にもなっています。

このような状況も豊かさを感じさせない理由になっているという気がします。原田さんはいかがでしょうか。

原田 世界の中でも所得が最も高い国になっているにもかかわらず、7割の人が豊かさを実感できない理由として、まず、生活環境の問題があると思います。一番の問題は狭い家。住宅、土地の価格は下がってきてはいますが、欧米の国と比較しますとまだ極めて高い。

また教育費についても、アメリカの場合、子どもを大学に入れるのに親が負担する割合はせいぜい2割くらいですが、日本では8割近くを負担しています。

公共的な社会基盤が整備されていない面もあります。私の友人のアメリカ人が日本に滞在し、札幌から鹿児島まで車でバカンス旅行をした時、「55,000円も高速料金を取られた。こんなひどい国は世界中にないのではないか」と怒っていました。このようにいろいろな意味で生活コストが高くつきます。

将来についても、日本の財政状況の悪さや、終身雇用が崩れつつあることから、年金給付が減るのではといった懸念もあります。こうしたことが、豊かさの実感がないということに結びついていると思います。

吉永 教育費がかかっても、それが楽しみであったり、そうしたいと思っているうちは、いらいらしたり、不安に思ったりすることはなく、豊かさの実感を削ぐことにはならないと思います。

ところが、こんなに教育費をかけているけれども、子どもが親の面倒をみていくという流れが完全に断ち切られてしまっている現在では、自分の老後はどうなるのだろうかと、不安を覚えるようになったということだと思います。

つまり安心して費用をかけていられなくなった。お金を使っていることが役に立つのかと疑いながら、続けざるをえないというのが今の状況です。だから、非常に疲れる。これが過渡期の人間に与えられた難しさなのだろうと思います。

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