はじめての金融教育-ワークシート付き入門ガイドと実践事例集-
1.金融教育入門ガイド
(2)中学校(社会)における入門ガイド
家計のシミュレーションゲームと模擬商談
東京都目黒区立目黒中央中学校 三枝利多教諭
<2>金融教育に取り組む先生方へのメッセージ
インタビュー
金融教育に新たに取り組もうとされている学校の先生方のために、この実践を導入する上でのご苦労や工夫などについて、三枝先生よりさらにお話を伺いました。
- Q.1 「家計のシミュレーションと模擬商談」の実践の着想のきっかけや経緯を教えてください。
- Q.2 この実践を始める際に、課題や問題点として立ちはだかったことはありませんでしたか。
- Q.3 教材作成の上で工夫された点を教えてください。
- Q.4 教材化に当たっての手順はどのようなものだったのでしょうか。
- Q.5 指導案を作成する際に、どのような工夫をされていますか。
- Q.6 実践に当たって参考になったアイデアや他の実践事例などはあったのでしょうか。
- Q.7 実践を行ってみて、生徒の皆さんの反応はいかがだったでしょうか。予想どおり行かなかったことはありますか。また、予想どおり行かなかったときのためのアドバイスはありますか。
- Q.8 最後に、教科書と活動型の実践との関連についてご意見をお聞かせください。
Q.1 「家計のシミュレーションと模擬商談」の実践の着想のきっかけや経緯を教えてください。
A.1
平成6年頃に、生徒の興味を惹いて自ら考えさせるために、活動型の授業を始めました。そして、平成9年頃に企業作りをテーマとして、会社を設立する企画書を生徒が作成し、外部講師とのワークショップを通して企画書の内容を深める実践をやっていました。
続いて、非上場企業の四季報などの資料を活用した調べ学習を通じて、生徒が5~6人のグループで企画書や求人広告を作成し、外部の方(経営者や人事担当者、前年度に就職活動をした新入社員など)を招いて、グループごとに講師と意見交換を行うというワークショップ形式の実践を行ったところ、生徒がいろいろなことに気づいて視野を広げるという点で効果的でした。
その後、平成12年に全国中学校社会科教育研究会(全中社研)の東京大会で、ワークショップ形式の実践を集大成して発表した際に、ワークショップに代わる有効な手法はないかという課題を模索していたところ、生徒の興味を惹く有効な手法としてシミュレーションを取り入れた授業を思いつきました。はじめから「金融教育を実践してみよう」と考えていたわけではなく、社会科の中でシミュレーションを導入する分野として、家計が適しているのではないかと考えたのが、家計のシミュレーションゲームを思いついたきっかけです。
一方、模擬商談は、それまで行ってきたワークショップ形式の実践です。家計のシミュレーションゲームでは「どの項目にこだわってお金をかけるか」という判断はしますが、価格の違いによって行動が変わるという要素がないので、模擬商談を通じて、価格を考慮した選択を取り入れることができるのではないかと考えました。
Q.2 この実践を始める際に、課題や問題点として立ちはだかったことはありませんでしたか。
A.2
幸い、課題や問題点はそれほどありませんでした。
以前から学習指導要領の内容を勉強しており、社会科(公民的分野)のカリキュラムを全体として理解していたので、家計に何時間かけられるかも予め見通しが立ちました。そのため、この実践のための授業時間が取れないといったことはありませんでした。
平成9年頃に活動型の授業を始めた頃は、外部講師を探すのが大変で、予算もなく、ポケットマネーで車代を包んだりしていましたが、この実践を始めた平成13年頃には、企業などの社会貢献という考えが広まり、総務部署に連絡すれば対応していただけるようになって、今ではスムーズに進んでいます。また、消費者教育支援センターなどとのコンタクトも役立っています。
Q.3 教材作成の上で工夫された点を教えてください。
A.3
実は、この実践を始める前に、あるシミュレーションゲーム教材の作成に関わっていたのですが、そのゲームでは、「お金を一番多く残した人が勝ち」というルールであるため、そのゲームを使った授業の振り返りができないグループがどうしても出てきてしまいます。どんなカードを引いたかで結果が決まってしまったグループは、何が良かったのか、何が悪かったのかという振り返りを行おうとしても、運不運のほかに説明がつかないケースが出てきてしまうのです。この点を改良した方が良いと思い、この実践では、残したお金の金額で競うことをやめ、『満足度』と『我慢度』を記入させるようにしました。
また、家計のシミュレーションゲームでは、現実とゲーム性とのバランスが大切です。例えば、宝くじの賞金を1千万円に設定してしまうと、宝くじに当たったグループだけがゆとりができて、そのまま終わってしまう。そのため、賞金金額を小さくしますが、ただそれだけだと盛り上がらないので、当選カードの枚数を増やしました。また、通常、収入は給与以外にないものですが、それではゲーム性に欠けるので、税金の還付や遺産相続を取り入れました。遺産相続のカードをラッキーチャンスカードと名づけていたら生徒から異論が出てお悔やみカードに変えた点を含めて、実践のなかで、気づいた点をその都度改善していきました。
一方、模擬商談では、当初、生徒のグループごとの関心に合わせてそれぞれの分野の講師を招きたいと考えましたが、講師となる方を前々から選んでお願いする必要があるため、家計の中で大きな支出となる住居と車に決めて、グループごとにどちらかに決めてもらうようにしました。
資料2「家計のシミュレーションゲームにおけるカードの内容(例)」(PDF 894KB)
Q.4 教材化に当たっての手順はどのようなものだったのでしょうか。
A.4
私の場合、「社会科の授業をより有意義なものにしたい」と思ったのが出発点でした。また、学校長や周囲の理解の有無を気にする先生もいらっしゃるようですが、私の場合は周囲の理解が得られなくて困ったという経験はありませんでしたし、そもそも、熱意をもって授業を変えようとしているときに「やめた方がよい」などと言われることはないのではないでしょうか。
Q.5 指導案を作成する際に、どのような工夫をされていますか。
A.5
生徒の思索を深めるために、生徒が判断するような設定にすることが大切だと思います。まず個々人が根拠をもって判断し、次にグループで話し合い、それぞれのグループとして根拠をもって判断する、という場面を設けています。最初のうちは判断といっても勘に近いものかもしれませんが、とにかく判断する場面を設定します。そうすると、生徒の変容を促すことができるし、教師の側もその変容を検証しやすいでしょう。
また、一人ひとりの変化をみるためには、生徒に「書かせる」ことが重要です。事前・事後アンケートの質問項目を全く同じにしてもよいし、ステップごとに、聞き方は若干変えつつも実質的に同じことを質問してもよいですが、いずれにせよ何回か書かせることによって、概念把握の程度の変化をみることができます。この実践では、シミュレーションが終わった段階でのワークシートと、模擬商談が終わった段階でのワークシートを比べると、前者では単に節約に触れているだけだったのに後者では選択に言及しているなど、生徒の変容がよくわかります。
また、時間はかかりますが、ワークショップなどグループごとの話合いを録音しておき、後で聞いて誰が何を言ったかを分析するというのも一案です。それぞれのテープに「○班」と書いておけば、誰の発言かはだいたい判ります。
Q.6 実践に当たって参考になったアイデアや他の実践事例などはあったのでしょうか。
A.6
私の場合は、東京都社会科教育研究会での活動上の必要もあって、教材や授業計画を自分で作成しました。もっとも、オリジナルな教材にこだわる必要はないと思いますし、最近は既存の教材も増えていますので、最初は、他の先生の実践事例や既存の教材を使っていいでしょう。そのうち自分なりに改良したい点が出てくるものです。
教員同士の研究会で刺激を受けることも重要かもしれません。授業をより良いものにしようという思いがあれば、研究会での情報が役立ちますし、エネルギーを貰うことができます。私も、ある研究会の関連で、金融教育以外でも今年度ワークショップ形式で実践を行う構想をもっています。
Q.7 実践を行ってみて、生徒の皆さんの反応はいかがだったでしょうか。予想どおり行かなかったことはありますか。また、予想どおり行かなかったときのためのアドバイスはありますか。
A.7
実践を通じて、生徒たちは経済の見方や関心が広がるなど、期待していたとおりの方向に変わってくれています。むしろ、その変容の程度に驚かされ、子どもってすごいなと思うことが多いのです。
アドバイスとしては、生徒は、先生が授業を本気でやっているか、その授業のためにどのくらいの準備をしてきたか、ちゃんとみているので、予想どおり行かなかったとしてもその意図は通じると思います。当初はうまく行かなくても、続けることが大切ではないでしょうか。そのうち、ここでこの指示を出したことが良くなかった、といったことが分かってくると思います。
子どもと正面から向き合える、子どもを動かせるという自信がないと、なかなかこうした実践に踏み出せないものです。こうした自信をつけるのに、簡単なマニュアルはありませんが、先生が授業を本気でやっていれば生徒に通じますので、臆せずに踏み出すことが大切だと思います。
また、こういう授業をすれば生徒にこういう力をつけさせることができるだろう、といった見通しがもてるまでになればいいのですが、そうした見通しがないままで実践をすると、授業は盛り上がったものの後に繋がらないといったことになってしまいかねません。ただ、こうした見通しがもてるようになるには、やはり試行錯誤を重ねた経験が必要ですので、まずは実践をやってみるということでしょう。
Q.8 最後に、教科書と活動型の実践との関連についてご意見をお聞かせください。
A.8
教師の中には、「活動型の実践では『基礎・基本』が身につかない」と言って活動型の実践をしない方もいると思いますが、教科書に出てくる用語を暗記することは「基礎・基本」ではないと私は考えています。学習指導要領における社会科の目標は「公民的資質の基礎を養うこと」であり、そのためにはむしろ活動型の授業が必要なのです。
例えば、歴史で、「楽市楽座」という言葉を知っている、書けるというより、その言葉が出て来なくても「信長が行った商工業を活発にする政策」と内容を言うことができる方を評価すべきだと思います。
活動型の実践を行う領域では、教科書の内容も、できるだけ生徒の活動の中での気づきをもとに教え、それを通して一般化する方が効果的です。活動型の実践で触れられなかった点は、振り返りのところで言及すればよいのではないでしょうか。同じ社会科でも、歴史的分野は時系列から離れるのは難しいかもしれませんが、公民的分野では教える順序にこだわらなくてよい余地が大きいでしょう。
そういう教え方をしても、活動型の実践が機能していれば、生徒の父兄からクレームが出ることはないはずです。私自身の場合も、幸いそういうクレームはなく、むしろ、活動型の実践を通して子どもたちが何かをつかんだようだという声をいただいています。