金融教育プログラム-社会の中で生きる力を育む授業とは-
(2023年10月改訂版)
4.金融教育の指導計画の作成と実施に向けて
(2)各教科等の学習と金融教育
① 各教科と金融教育
ア.生活科
生活科の教科目標は、「具体的な活動や体験を通して、身近な生活に関わる見方・考え方を生かし、自立し生活を豊かにしていくための資質・能力を(中略)育成する」ことを目指している。ここで言う「自立」とは、進んで自ら学ぶという学習上の自立、自らよりよい生活を創り出そうとする生活上の自立とともに、意欲と自信をもって生きていこうとする精神的な自立の3つを意味しており、生活科では「幼児期の教育で育まれたことを基礎にしながら、将来の自立に向けてその度合いを高めていく」ことを目指している。
生活科が目指していることは金融教育の目標と共通点があり、児童が自立の度合いを高めていくためには、小学校低学年の児童なりにお金に対する基礎的な知識や関心をもたせるとともに、日常生活の中でお金を大切にすることや、望ましい使い方などの技能を身に付けさせることが重要になる。これらは生活科の教科目標に示されている、自分と社会との関わり等に気付くとともに、生活上必要な習慣や技能を身に付けさせることに関わる。
小学校学習指導要領解説 生活編には9つの内容が示されている。それらは11の具体的な視点から構成されており、その一つに金融教育と関連が強いと考えられる「生産と消費」に関する視点があり、「身近にある物を利用して作ったり、繰り返し大切に使ったりすることができるようにする」ことが示されている。もっとも、他の視点や内容においても、金融教育の要素を取り入れることが可能である。例えば、自分たちの生活と地域のお店の人たちとの関わりを通して買い物に対する関心を高めたり(内容(3)地域と生活)、地域の公共物や公共施設を正しく利用することができるようにするとき、お金が必要であることに気付かせたり(内容(4)公共物や公共施設の利用)することができる。必要なものを実際に買い物する体験を組み入れ、お金のもつ働きに気付かせようとする学習活動などが既に行われている。
このように、生活科の目標及び内容を金融教育の視点から捉え、その視点を学習活動の構成や教材開発などに生かすことによって、生活科において自己の生き方の確立を視野に入れた金融教育の実践が可能になる。
イ.社会科、公民科
社会科(小学校・中学校)、公民科(高等学校)は、「グローバル化する国際社会において主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の(有為な)形成者に必要な公民としての資質・能力」の育成(カッコ内は高等学校)を目標とした教科である。学習領域は地理的な内容、歴史的な内容、公民的な内容に分かれるが、その中で公民的な領域は、社会に起こる経済的な事象や、政治的な事象などを学習対象としている。そして、これらの事象がどのような原因で生じたのか、また社会にどのような影響をもたらすのかについて考察する力を育てるとともに、平和で民主的かつ豊かで持続可能な社会を主体的に形成する力を育てることを目指している。その意味では金融教育と最も関係の深い教科の一つである。
公民的な領域を校種別に見た場合、小学校社会科では第3学年の目標の一つに、
「(1)身近な地域や市区町村の地理的環境、地域の安全を守るための諸活動や地域の産業と消費生活の様子、地域の様子の移り変わりについて、人々の生活との関連を踏まえて理解する(後略)」
ことがかかげられている。これを受けて、次のような内容が示されている。
「(2)地域に見られる生産や販売の仕事について、(中略)次の事項を身に付けることができるよう指導する。
- ア 次のような知識及び技能を身に付けること。
- (ア)生産の仕事は、地域の人々の生活と密接な関わりをもって行われていることを理解すること。
- (イ)販売の仕事は、消費者の多様な願いを踏まえ売り上げを高めるよう、工夫して行われていることを理解すること。
- イ 次のような思考力、判断力、表現力等を身に付けること。
- (ア)仕事の種類や産地の分布、仕事の工程などに着目して、生産に携わっている人々の仕事の様子を捉え、地域の人々の生活との関連を考え、表現すること。
- (イ)消費者の願い、販売の仕方、他地域や外国との関わりなどに着目して、販売に携わっている人々の仕事の様子を捉え、それらの仕事に見られる工夫を考え、表現すること。」
ここでは直接見学・調査したり地図などの資料を活用して具体的に調べたりする活動などを通して、地域の生産の仕事と人々の生活との関わりや販売の仕事に見られる売り上げを高めるための工夫について考えることを求めている。
さらに、第5学年の目標には、その一つに、
「(1)我が国の国土の地理的環境の特色や産業の現状、社会の情報化と産業の関わりについて、国民生活との関連を踏まえて理解する(後略)」
ことがかかげられている。これを受けて、次のような内容が示されている。
「(2)ア 次のような知識及び技能を身に付けること。
(イ)食料生産に関わる人々は、生産性や品質を高めるよう努力したり輸送方法や販売方法を工夫したりして、良質な食料を消費地に届けるなど、食料生産を支えていることを理解すること。
イ 次のような思考力、判断力、表現力等を身に付けること。
(イ)生産の工程、人々の協力関係、技術の向上、輸送、価格や費用などに着目して、食料生産に関わる人々の工夫や努力を捉え、その働きを考え、表現すること。
(3)ア 次のような知識及び技能を身に付けること。
(イ)工業生産に関わる人々は、消費者の需要や社会の変化に対応し、優れた製品を生産するよう様々な工夫や努力をして、工業生産を支えていることを理解すること。
イ 次のような思考力、判断力、表現力等を身に付けること。
(イ)製造の工程、工場相互の協力関係、優れた技術などに着目して、工業生産に関わる人々の工夫や努力を捉え、その働きを考え、表現すること。」
児童にとって、実社会で行われている経済活動を身近に見たり調べたりするとともに、その活動の背後にある社会的な意味を学ぶことは、中学校や高等学校で本格的に経済や金融の学習をする際の基盤となる大事な学習といえよう。
中学校社会科では、公民的分野の目標の一つとして、
「(1)個人の尊厳と人権の尊重の意義、特に自由・権利と責任・義務との関係を広い視野から正しく認識し、民主主義、民主政治の意義、国民の生活の向上と経済活動との関わり、現代の社会生活及び国際関係などについて、個人と社会との関わりを中心に理解を深める(後略)」
ことがかかげられるとともに、次のような大項目と中項目によって金融教育に関わる内容が示されている。
「B 私たちと経済
(1)市場の働きと経済
(2)国民の生活と政府の役割」
これらの項目で市場経済の基本的な考え方や、財政及び租税、社会保障等の政府の役割とともに、金融の働きや消費者保護などの内容を扱うことになっている。
ここでは、需要、供給、価格の関係をしっかり学び市場経済の基本的な考え方や政府の役割に関する基礎的な知識を身に付け、商品市場や金融市場などについて考察できるようにすることが大切である。また、経済的な諸問題の中で消費者保護が取り上げられるが、契約という観点からしっかり学ばせることが必要である。
高等学校公民科では、必履修科目「公共」と選択履修科目「政治・経済」の二つの科目で次のような金融教育に関わる内容が取り上げられている。
- 【公共】
- 「B 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち
- ア 次のような知識及び技能を身に付けること。 (ア)法や規範の意義及び役割、多様な契約及び消費者の権利と責任、司法参加の意義などに関わる現実社会の事柄や課題を基に、憲法の下、適正な手続きに則り、法や規範に基づいて各人の意見や利害を公平・公正に調整し、個人や社会の紛争を調停、解決することなどを通して、権利や自由が保障、実現され、社会の秩序が形成、維持されていくことについて理解すること。
- (ウ)職業選択、雇用と労働問題、財政及び租税の役割、少子高齢社会における社会保障の充実・安定化、市場経済の機能と限界、金融の働き、経済のグローバル化と相互依存関係の深まり(国際社会における貧困や格差の問題を含む。)などに関わる現実社会の事柄や課題を基に、公正かつ自由な経済活動を行うことを通して資源の効率的な配分が図られること、市場経済システムを機能させたり国民福祉の向上に寄与したりする役割を政府などが担っていること及びより活発な経済活動と個人の尊重を共に成り立たせることが必要であることについて理解すること。」
- 【政治・経済】
- 「A 現代日本における政治・経済の諸課題
- (1)現代日本の政治・経済
- (2)現代日本における政治・経済の諸課題の探究
- B グローバル化する国際社会の諸課題
- (1)現代の国際政治・経済
- (2)グローバル化する国際社会の諸課題の探究」
これらの項目において、「金融の働きと仕組み」や「経済活動と市場」、「経済主体と経済循環」などの知識・技能を身に付け、「市場経済の機能と限界」や「金融を通した経済活動の活性化」などについて考察、構想し、表現することになっている。
ここでは、小学校や中学校での学習の基礎の上に立って、より応用的な学習を展開することになる。特に、高等学校ではマクロ的な視点から資金の循環を捉え、今日の社会経済システムの問題とその社会経済システムに参加する主体としての生徒自らの役割を考察させることも必要となる。
ウ.家庭科、技術・家庭科(家庭分野)、家庭科(高等学校)
家庭科では、小・中・高等学校の発達の段階に応じて、衣食住を含めた生活や技術に関する実践的・体験的な活動を通して、生活をよりよくしようと工夫し、創造する資質・能力の育成を目指している。家庭生活は、人、もの、金銭、時間、空間、情報等の相互関係、個人、家族、社会及び環境の相互関係によって成り立っており、生活の営みに必要な「金銭」や「時間」を適切に管理したり経営したりできる能力や態度を身に付けさせることは、家庭科にとって欠くことのできない学習である。この意味で、家庭科は、社会科・公民科と同様に、金融教育と特に関連の深い教科であるといえる。
小学校家庭科において金銭教育に関わる内容は、「C 消費生活・環境」において、「(1)物や金銭の使い方と買物」に関連して、「買い物の仕組みや消費者の役割が分かり、物や金銭の大切さと計画的な使い方について理解すること」や、「購入に必要な情報を活用し、身近な物の選び方、買い方を考え工夫すること」と示されている。ここでは、身の回りにある物の使い方を見直し、計画的に生活することの大切さが分かるようにするとともに、物を選んだり購入したりするときに、「本当に必要か否か」を考えて意思決定できるようにすることが大切である。また、金銭の使い方や買った物の活用の仕方についても考え、さらに売買契約の基礎についても触れ、消費者として主体的に日常生活で実践できるようにするための素地を育てることをねらいとしている。
中学校技術・家庭科(家庭分野)において金融教育に関わる内容は、「C 消費生活・環境」であり、「(1)金銭の管理と購入」、「(2)消費者の権利と責任」、及び「(3)消費生活・環境についての課題と実践」の3項目が示されている。ここでは、「金銭の管理と購入について、課題をもって、計画的な金銭管理の必要性について理解し、購入方法や支払い方法の特徴、売買契約の仕組み、消費者被害の背景とその対応及び物資・サービスの選択に関する基礎的・基本的な知識及び技能を身に付け、物資・サービスの選択に必要な情報を活用して購入について工夫することができるようにすること」や、「消費者の権利と責任について、課題をもって、消費者の基本的な権利と責任に関する基礎的・基本的な知識を身に付け、消費生活が環境や社会に及ぼす影響についての理解を深め、自立した消費者としての責任ある消費行動を工夫することができるようにすること」をねらいとしている。
中学生になると、生活での活動範囲が広がり、自分で商品を選択・購入する場面も増加し、消費者被害に遭うことも指摘されている。そこで、中学生に関わりの深い販売方法として、例えば、インターネットを介した通信販売などの利点や問題点を考えさせるとともに、事例を取り上げて具体的に考えさせ、適切な方法で購入できるようにする。また、インターネットの普及やキャッシュレス化の進展などに伴い、ネット販売などの被害者になりやすく、かつ被害が拡大しやすくなっていることを踏まえ、被害の背景とその対応について具体的な事例を扱うようにする。あるいは、インターネット上のゲームの課金を題材とすることも考えられる。
消費者保護については、消費者の基本的な権利、消費者基本法の趣旨、クーリング・オフ制度や各種相談機関などを取り上げ、自立した消費者として適切な行動が取れるようにする。物資やサービスの選択に当たっては、情報の収集・整理・活用の重要性を理解し、適切な判断ができるようにする。売買契約に加え、クレジットカードのような三者間契約も取り上げ、その仕組みを理解するとともに、契約の意味や重要性を扱うこととしている。
高等学校家庭科では、「家庭基礎」において金融教育と関わる内容として次の項目が掲げられている。
「A 人の一生と家族・家庭及び福祉
(1)生涯の生活設計
(2)青年期の自立と家族・家庭
C 持続可能な消費生活・環境
(1)生活における経済の計画
(2)消費行動と意思決定
(3)持続可能なライフスタイルと環境」
また、「家庭総合」においても、ほぼ同様の項目が示されている。
ここでは、小学校や中学校での学習の基礎の上に立って、「人の一生について、生涯発達の視点で捉え、様々な生き方を理解するとともに、自らの生き方を見つめ、将来の生活に向かって目標を立て、展望をもって生活することの重要性を理解し、自分の目指すライフスタイルを実現するために、生涯を見通した生活を設計することができるようにすること」、「生活の基盤としての家計管理の重要性や家計と経済との関わりについて理解するとともに、収入と支出のバランスの重要性やリスク管理の必要性を踏まえた上で、将来にわたる不測の事態に備えた経済計画についても考察できるようにすること」、「近年の消費者問題や消費者の権利と責任について理解し、自立した消費者として適切な意思決定に基づいて行動できるようにすること」、「日常の生活が地球環境問題やグローバル社会における諸問題と密接に関わっていることを理解し、その解決に向けて、持続可能な社会を目指した消費の在り方としての持続可能な消費について理解し、自らの消費生活から参画できるようにすること」などをねらいとしている。
なお、高等学校学習指導要領解説 家庭編において、「基本的な金融商品の特徴」や「資産形成の視点」などが盛り込まれたことが反響を呼んでいるが、あくまでも、もともと教育内容に含まれていた「生涯を見通した計画的な生活」に必要となる知識の一つであるという位置付けを忘れないようにしたい。
また、2022年4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられたことを踏まえ、消費行動における意思決定や契約の重要性、消費者保護の仕組みなどについて、具体的な事例を基にするなどして理解を深めるようにすることが重要である。
エ.その他の教科
(ア)国語科
国語科は、言語活動を通して、国語で正確に理解し適切に表現する資質・能力を育成することを目標としている。国語科と金融教育との関連については、例えば国語科で扱う題材として金銭や生活設計などを用いた場合、間接的に金銭や生活設計に関する関心を高めることにつながり、結果として金融教育と関連する。また、こづかいなどの金銭の使い方について討論させることは「伝え合う力」、金融・経済に関する作文を書かせること等は「理解力」、「表現力」それぞれの育成に寄与する。
(イ)算数科・数学科
算数科・数学科は、数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力を育成することを目標としている。学習においては、日常生活の事象と関連させた工夫が求められている。
金融教育との関連については、小学校では、例えば加減乗除や概数に関する学習において、ものの値段や費用などを題材として取り上げることにより、算数科のねらいの実現を目指すと同時に、生活における消費や販売に関する学習と関連付けることができる。
中学校では正・負の計算や連立方程式を活用した利益算出や、一次関数の学習において例えば「お得な携帯電話プランの選定」など身近な事柄を取り上げることができる。
高等学校では、例えば関数を用いて価格や費用を計算したり、金利に関する学習を取り上げたりすることが考えられる。特に高等学校数学「数学B」には、「数学と社会生活」の項目が設けられており、例えば預貯金やローンについて単利法と複利法の比較、元利合計、ローンの支払いなどについて学習させることができる。このほかに、水道料金や電話料金などの仕組み、税制や年金制度などを題材として取り上げることも考えられる。
(ウ)高等学校における専門教育に関する教科
高等学校における専門教育に関する教科については、学習指導要領において、農業、工業、商業はじめ計13の教科が示されている。中でも、次の科目において金融教育と関連付けた展開が可能である。
農業 | 課題研究、農業経営、食品流通 |
商業 | ビジネス基礎、課題研究、マーケティング、商品開発と流通、ビジネス・マネジメント、グローバル経済、ビジネス法規、簿記、財務会計Ⅰ~Ⅱ、原価計算、管理会計、ネットワーク活用 |
水産 | 課題研究、水産流通 |
家庭 | 生活産業基礎、課題研究、消費生活 |
これらの科目を扱う場合には、各学科で共通して履修する教科・科目との関連にも配慮した指導計画を作成するようにしたい。