はじめての金融教育-ワークシート付き入門ガイドと実践事例集-
1.金融教育入門ガイド
(1)小学校における入門ガイド
移動教室でのおみやげ購入を通じた実践的な金融教育の展開
東村山市立野火止小学校 小関禮子校長
加藤悦子元主幹教諭
<2>金融教育に取り組む先生方へのメッセージ
インタビュー
これから金融教育を取り入れてみようとお考えの学校の先生方のために、さらに詳しく小関先生のお話を伺いました。
Q.1 どのようなきっかけでこの授業を始められたのですか?
A.1
きっかけは平成13年6月8日の大阪の池田小学校の事件です。不審者対策が求められ、当時在籍していた秋津東小学校でも、子どもたちに「不審者を見たら言いなさい」と話して聞かせました。すると、子どもたちがあきつの園の人たちが少しこわい、と言うのです。そこで、すぐにその知的障害者自立支援施設の園長先生をお訪ねしたのですが、もちろん、「子どもたちがこちらの方々を不審者だと言っています」などとは言えませんでした。別れ際に「交流を始めたい。子どもたちをここに連れてくるので一緒に作業をさせてもらえませんか」とお願いしたところ、あきつの園の先生はとても喜んでくださいました。
あきつの園では、障害のある方々が「木工」、「ペーパーバッグ作り」、「芳香剤の袋詰め」などの作業を行っています。「木工」では、木製のボールペンの軸をやすりでこすって仕上げていきますが、力加減が難しく、根気のいる作業です。「芳香剤」では、正確に計量して袋詰めしていきます。何グラムと決まっている重量を秤の目盛りで見るだけでは分かりにくいので、秤に目立つように目印をつけてありますが、こぼれやすい芳香剤をきっちりとその目盛りの分量だけ入れるのは容易ではありません。
そういう地道な作業を子どもたちがご一緒させてもらうことにしたのです。あきつの園を訪ねる前に、子どもたちには、「きちんと挨拶をすること」、「先生として接すること」を話しました。
5年生全員が参加し、子どもたちから「普通の人だと思った」、「一生懸命お仕事していると思った」という感想が聞かれました。ちょうど、秋津東小学校は金銭教育研究校として「ともに生きる」をテーマとしてかかわり、勤労を尊ぶことを教えることにしていました。そして勤労と金銭を結びつけたかったのですが、この交流を通して、子どもたちには「働くことの大変さ」がしみじみと分かったようです。そして、子どもたちがお金の価値について考えるようになったのです。
その後、11月3日にあきつの園の収穫祭で、子どもたちが販売のお手伝いをさせてもらいました。チョコバナナや豚汁を一生懸命販売していたのですが、「なかなか売れなくて困った」、「おつりを間違えないようにした」などの感想が聞かれました。
この収穫祭の後、秋津東小学校の先生方から、収穫祭のように「本物のお金を使う場があれば」、「できれば全員参加で」、「金額も同一だといい」という声が挙がったのです。
ちなみに、この収穫祭のお手伝いのほかに、青少年対策委員会の白州キャンプで模擬通貨を導入してみたことがありました。山梨県北杜市白州の廃校になった小学校を利用した山の家でのキャンプです。あるとき、子どもたちが薪割りなどの仕事をすると「ガンガン」という単位の模擬通貨をもらい、その通貨を使って、先生たちが開くお店で大根などを買えるということにしたのです。私も一生懸命薪割りの指導をしたのですが、夕方になって、ある男の子が、「僕、別の仕事選んだのだけど、だんだん見ているうちに薪割りがしたくなった。先生、僕、1ガンガン払っても薪割りしたい」というので、大変印象深く、後でみんなにその話をしたものです。
この白州キャンプも大変楽しく、意義深いものでしたが、あいにく、学年全員が参加するものではありません。全員が参加する機会で、全員が同じ場所で、同じ金額のお金を使う機会はないかと考えたとき、移動教室のおみやげを買う時間の指導を丁寧に行ったらどうかということに思い至り、平成15年度から始めたのです。
Q.2 始めてから変更されたことはありますか?
A.2
平成15年度に秋津東小学校ではじめ、野火止小学校でも家庭科の加藤先生と一緒に続けてきましたが、2年目から色々と工夫を加えています。
その一つ目がアドバイスカードです。前の年の6年生の言葉を「アドバイスカード」というメッセージカードにして、伝えてあげることにしました。先輩から「売り切れているとパニックになるから、万一売り切れていた場合のことも考えておいた方がよい」、「木刀が欲しくて買ったが、帰りのバスに乗ってすぐに邪魔になり、先生にも注意された」などと、具体的なアドバイスが寄せられ、子どもたちは非常に喜びました。
二つ目は実物の展示を始めたことです。2年目から先生たちが事前に実地踏査に行く時に、子どもたちが買う予定の店でみやげ物を買ってきて、これを家庭科室に展示することにしました。幸い、校長である私も家庭科の加藤先生も実地踏査に行きましたので、段ボール箱一杯購入して校長室に送りました。中身を食べて箱を展示したものもありますが、いくつかの品物は、冷蔵庫に保存して毎年使っています。とっくに賞味期限は過ぎていますが、中身が入っていた方が子どもたちは喜びますから。
三つ目は保護者の方からの声をワークシートに書いてもらうことにしたところです。現実には金銭教育についての感想ではなく、「おいしかったです」というコメントもありましたが、これも子どもたちが喜ぶ工夫です。
そして、今年、新しい家庭科の先生が、5~6月に「移動教室に持っていく財布を作る」という授業を新たに加えました。これはやってみると非常に良い取り組みだと分かりました。なぜなら、今の子どもたちは、私たちが見たこともないような、携帯電話付き、電子手帳付きの大きな財布を持っていたりするからです。
お金が落ちないように、丁寧に手作りした財布を持って移動教室に行くことで、なぜお金は大切に扱わなければいけないのかということも改めて実感する機会になったようです。
Q.3 このような丁寧な指導をされると、子どもたちは変わりますか?
A.3
「裏を見る」という表現が子どもたちに定着しました。加藤先生は「賞味期限を見る」、「品質表示を見る」、「製造者を見る」という言葉に置きかえていきます。そして、「計画的に買う」ということを身につけさせ、「買うときの注意」を押さえていきます。
今年の流行は携帯ストラップでした。事前に学習している子どもたちは、ひもがビニール製の200円の安いストラップより、ひもがきちんと織ってある470円のストラップの方が長持ちするから良いといって選んでいました。「よく調べる」、「比べる」ということを、家庭科の先生がうまく子どもたちから引き出し、定着させてくださっています。
Q.4 この指導をされる上でのご苦労はありますか?
A.4
移動教室に実際に行かれる6年生の担任の方たちに、この指導についてしっかり伝えるのが結構大変です。金銭教育や消費者教育に馴染みがないと、お店で「商品を壊さないように」という観点から児童を見ようとする先生もおられますから。秋津東小学校でも野火止小学校でも、昨年度まで家庭科の加藤先生に事前の実地踏査にも移動教室にも行ってもらうことができましたが、旅費の問題もあり、なかなか実現するのは難しいと思います。
そういう意味でも、必ず同行する学級担任がこの指導に当たるのがより自然ですし、広く行っていただけるかと思います。そういう意味では、これほどきめ細かくしなくても、例えば、教室の壁に先輩のカードを貼っておくだけでもいいと思います。移動教室ですから「行事」にカウントしたり、「総合的な学習の時間」や「学級活動」の時間を使って行えば、授業時間の制約もクリアしやすいと思います。
Q.5 教科書との関連はいかがですか?
A.5
移動教室は教科書にはありませんが、家庭科の教科書には「品物の買い方を考える」、「商品の選び方」、「計画する」というページがあります。この指導は教科書のこの部分とぴったり重なるものです。
教科書にもありますが、振り返りを重視して、じっくりと身につけさせていきたいと思います。授業では、友だちの振り返りから学ぶという部分が大きく、子どもたちは、友だちが発言するごとに「へぇー」と感心していますから、自分では気づかなかったこともたくさん学んでいると思います。
また、おみやげ購入では、「誰に買うか」、「待っている友だちがいるから買う」など、家庭科の教科書にはない「人とのかかわり」が大切な視点になります。これは道徳の視点にもつながる部分ですので、このように教科横断的に螺旋的に扱っていけたらと思います。
子どもたちは、お漬物は500グラムのパックの方が割安だけれど、自分のうちではよく余らせて捨ててしまうから、小さいパックの方が結局は得だ、とか、「缶入り」、「箱入り」、「バラ売り」それぞれの長短など、本当に色々なことに気づくようになるものです。
資料「おみやげ価格表(抜粋)」(PDF 132KB)